深夜に帰宅し早朝からお弁当作り

 各種メディアへの出演に店舗経営と、多忙を極める日々の中、今春まで長男の高校のお弁当作りをしていたという。

「学食もあったけど“お弁当がいい”って言うもんだから。上のお姉ちゃんたちも大きくなってわが子にお弁当を作ることももうないと思ってね。これが最後かと腹をくくりました」

 妻の江理香さんが他界したのは子どもたちが幼いころ。子どもたちのお世話や家事などは、近所に住んでいた義理のお姉さんがやってくれていた。

「本当にありがたい限りです。お義姉さんには一生頭が上がりません、本当に」

 笠原さんも運動会や遠足などのお弁当は作り、入学式や授業参観など節目のイベントには顔を出すようにしていた。それでも、子どもたちが幼いころは仕事ばかりしてきたという負い目もあった。

 だからこそ末っ子のお弁当づくりは、いつも面倒を見てくれている義理の姉の力を借りず、自分1人でやり遂げたいと思った。

 そして始まったお弁当作り生活。仕事を終えて帰宅後、晩酌をして本を読んだり、録画したテレビを見たりしているとうっかり4時を過ぎる日も。慌てて5時半まで仮眠をとった後、一気にお弁当を作る。……そんな日々だった。

「和食屋らしく、カッコいい曲げわっぱとか使いたかったんですけどね、汁が漏れると息子が文句を言うもんで現代的なプラスチックのお弁当箱に詰めてましたよ(笑)」

 笠原さん自身も高校1年の時に母親を亡くし、父親がお弁当を作ってくれた。

「夜遅くまで仕事をしている親父が早起きして作ってくれるのが申し訳なくて、途中でお弁当作りを断っちゃったの。短い期間だったけど、親父のお弁当はめっぽうおいしかった」

 長男は高校を卒業し、地方の大学に進学。家を出て1人で暮らすようになった。長女も社会人、次女は大学4年と、長い子育てもようやく一段落した。