初の著書で、ゲイであることをカミングアウトする

ゲイの論客のひとりとして主張を始めたのもこのころからだった
ゲイの論客のひとりとして主張を始めたのもこのころからだった
【写真】今ではプレミアがついていると言われるマツコ・デラックスが表紙の『魅惑のブス』

 4年後の'91年、27歳のときに、知人の編集者の企画により、初の著書『プライベート・ゲイ・ライフ』を出版。ゲイであることを公にカミングアウトした。もっとも、伏見は特に本が好きだったわけでも「作家になりたい」と思っていたわけでもなかった。

「当時は、同性愛を肯定する言葉や本、情報などがほとんどなく、自分たちを肯定するものがもっと必要だという思いが強かった。それから、個人的には、テレビ出演を諦めたことで、“なぜ悪いこともしていないのに、自分を否定しなければいけないのか”と自分を許せなくなった。本を出すことで、その気持ちに決着をつけようと思ったんだよね」

 今のように、多くの文献があるわけではなく、「ジェンダー」という言葉すら一般的ではなかった時代。なんでも自由に書くことができる一方で、道なき道を行く苦労もあった。執筆にあたっては、パートナーの存在が大きかったという。

 パートナーと出会ったのは26歳のとき。なかなか恋愛がうまくいかず、「どんな相手であっても、次に知り合う人を大事にしよう」と覚悟を決めた矢先だった。お互いに、見た目はそれほどタイプではなかったものの、「今まで出会った誰よりも言葉が通じ、わかり合える」という感覚があった。本の内容についてのアイデアを語る伏見の言葉に、パートナーは真摯に耳を傾け、アドバイスもしてくれた。30年以上たつ今も、パートナーとの関係は続いている。

『プライベート・ゲイ・ライフ』は話題を呼び、伏見の元には執筆依頼やメディア等への出演依頼が舞い込むようになった。以後、伏見はゲイのライター・評論家としてさまざまな書籍を出版し、雑誌の連載やコラムなどを手がけるようになる。

 私が『プライベート・ゲイ・ライフ』を読んだのは、出版の翌年だった。軽快な語り口で自分の思いを赤裸々に語り、セクシュアリティの構造を解き明かすその内容に目からうろこが落ち、元気づけられた。その2、3年後には、共通の知人を介して伏見と言葉を交わすようになったのだが、本格的に親しくなったのは、'99年に『クィア・ジャパン』(勁草書房)への寄稿を依頼されてからだ。

「当事者が発信できる場所」を目指して雑誌を創刊

マツコ・デラックスが表紙を飾った『魅惑のブス』号は故・ナンシー関との対談も掲載されていて今ではプレミアがついている
マツコ・デラックスが表紙を飾った『魅惑のブス』号は故・ナンシー関との対談も掲載されていて今ではプレミアがついている

『クィア・ジャパン』は、伏見が編集長となって作った雑誌で、'99年から2001年までの間に5号が刊行された。伏見の長年の友人である作家の斎藤綾子やライターの松沢呉一から、初めて商業誌に文章を寄稿するゲイの大学生やドラァグクイーンまで、執筆陣の職業もセクシュアリティも年齢もバラエティに富んでいた。「魅惑のブス」をテーマにした第3号の表紙には、テレビで本格的に活動する前のマツコ・デラックスが起用され、「夢見る老後!」をテーマにした第5号には、女優の故・岸田今日子や作家の故・瀬戸内寂聴が登場している。

 伏見が『クィア・ジャパン』の発刊を志した理由のひとつに、「パレードの復活」がある。'94年、ゲイの活動家の南定四郎が、東京で初めて、セクシュアルマイノリティのプライドパレードを開催したが、2年後に行われた第3回でもめ事が起こり、空中分解してしまった。伏見は「東京にはまだ、プライドパレードが必要だ」と感じており、そのために発信力のある媒体を持っておきたいと考えたのだ。

 また、「セクシュアルマイノリティの人たちのムーブメントを起こしたい」という思いもあった。当時はセクシュアルマイノリティ当事者として情報を発信する人、何かを表現する人がまだ少なく、ハードルも高かった。そのため、伏見は発信できる当事者を探し、さまざまな人に声をかけていた。

「『クィア・ジャパン』を出したころ、レズビアンやゲイ、バイセクシュアルやトランスジェンダーだけでなく、さまざまなセクシュアリティの人たちが現れ始めていて、その差異がとても面白かった。『この社会にはいろんな人がいろんな形で存在している。それをみんな肯定しようよ』『既存の窮屈な価値観から解放されて自由になろうよ』というポジティブさで突き進んでいける感覚があった。でもそれが行きすぎると、ブレーキをかけざるを得ない部分も出てくるし、人のあり方や考え方が細かく分かれすぎて、方々で利害の対立が起こってくる。もしかしたらあれが、『いろんな価値があり、いろんな性がある』ことを明るく楽しめた、最後の時代だったのかもしれない」