最後まで独身だった志村けんさんだが、結婚できなかったわけではない。しなかったのだ。根っからの女好き……プレーボーイとも呼ばれた。

「バンドもやっていて校内でも目立つ存在でしたからモテましたよね。高校2年のときには年下の彼女と、もう同棲みたいなことしてたんじゃなかったかな。志村は、そのころから年下好きだったね(笑)」(高校時代の同級生)

 芸能界でも、年の離れた美女たちとの交際が噂された。

「C.Cガールズの浜野裕子、優香、みひろ……渡辺美奈代とはハワイ旅行が報じられたこともありましたね。結局、そうした中に、志村さんがハッキリと交際を公言した女性はひとりもいなかったのですが、たった1人だけ、志村さんが交際を認めた女性がいた。それが、長く番組で共演した女優のいしのようこです」(スポーツ紙記者)

“歌手・石野真子の妹”という謳い文句でデビューした当時“石野陽子”名義だったいしのと志村さんの出会いは、30年以上前、'87年に遡る。

「ようこちゃんは19歳になったかならないかのド新人だったんだけれど、出演ドラマをたまたま見た志村さんが気に入って。まぁ、志村さんのタイプだったんだよね(笑)。それで“1度『ドリフ大爆笑』に呼びたい”ということになったんですよ」(当時を知る芸能プロ関係者)

 大物コメディアンから届いた突然のオファーに、いしのは当初「コントなんて無理」と丁重に断ろうとした。

次第に心を開いていったいしの

「でも大先輩から直々のオファーだからしぶしぶ出演して。このとき志村さんが“この子はよく笑うし、セリフの間がいい”“笑いの素質あるよ”と、ようこちゃんをすごく評価した。ちょうど冠番組を立ち上げるタイミングで自分の相手役を探していたんですよね。それで、彼女を猛プッシュしたんです」(同・芸能プロ関係者)

 結局、いしのは'87年からスタートした『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)で、志村さんの相手役として抜擢される。すると志村さんの娘・おハナ坊役を演じた“おハナ坊コント”をはじめ、“夫婦コント”や“変なおじさん”にいたずらされるOL役などで、抜群のコメディーセンスを発揮。志村さんとの息の合った掛け合いをみせるようになる。

「コントや演技のことだけじゃなく、スタッフや共演者との接し方、現場での振る舞いまで、いしのさんの面倒を見ていました。ああ見えて、いしのさんはなかなか気が強くて、いちばんの新顔なのに、現場でスタッフや共演者と衝突することもよくあったんです。志村さんがいしのさんを楽屋に呼んで、たしなめたり。本気で接してくれる志村さんに、いしのさんも心を開いていって」(当時を知るテレビ局関係者)

 打ち解けたふたりの距離は少しずつ縮まっていった。