'91年7月、テレビ局へ出かけるため、車にそろって乗り込もうとする志村さん(写真右)といしの(同左)を週刊女性記者が直撃。問いかけにハッキリと答えた
【写真】1991年、“同伴”出勤する志村けんさんといしのようこを直撃

 翌'91年の夏には、東京都内にある志村さんの自宅からふたりそろって仕事へ向かう現場を週刊女性がキャッチ。その際、記者の「彼女(いしの)は恋人ですか?」という問いかけに、志村さんはうなずきながら「うん!」と認めたのだ。

「これで吹っ切れたのか、志村さんといしのさんは堂々と交際を始めて“半同棲”状態に。志村さんの自宅近くのスーパーへ買い物に行ったり、ゴルフ練習場へ通う姿が頻繁に目撃されていました」(前出・スポーツ紙記者)

 さらに、志村さんの所属事務所に、いしのが移籍。仕事もほぼ『だいじょうぶだぁ』だけに絞ったことで、「結婚か」とも騒がれた。だが─。

結婚よりも芸のことで頭がいっぱい

「それから1年くらいは一緒に住んでいたけれど、結局、別れちゃった。志村さん、ようこちゃんと付き合うとき、向こうの親御さんのところへ挨拶に行ったそうで。結婚も考えていたんだろうけど」(前出・芸能プロ関係者)

 別れた理由は、ふたりにしかわからない。だが、志村さんは過去のあるインタビューで、こんなことを語っていた。

《自分の芸のことで頭がいっぱいだから、ほかのことで気を遣いたくないし、エネルギーも注げない。だから女性とも、つきあい始めたころは楽しいけれど、申し訳ないことに、だんだん面倒くさくなってくる。ほら、女性って、自分と向き合うことを男に求めるでしょう。(中略)結局、自分勝手なんだね》

降板以来、2人が共演することはなかったが、'12年、『志村魂』で約20年ぶりに舞台で顔を合わせた。これを機に息の合った傑作コントが復活

 いしのは、その数か月後に『だいじょうぶだぁ』を降板。いしのが去ると、数々の人気コントも新作が撮られなくなり、総集編を流すような番組づくりが多くなった。

「志村さんのこの番組への情熱みたいなものが、明らかにガタッと落ちちゃった。やっぱり、志村さんの中では“いしのさんがいないとダメ”だったんでしょうねぇ……」(前出・テレビ局関係者)『だいじょうぶだぁ』は、放送に幕を下ろしてしまう。

 志村けんという希代のコメディアンは笑い、そして愛した女性にまっすぐ向き合い続けた人だった。