娘の渡米で失ったエネルギーを注ぐ先

「そんな中、娘はシンガーとしての道を改めて模索し始めた。私の中にも、歌が歌えるのだから、もっと極めてほしいという思いがありました。娘には『忘れないで、あなたは歌手なんだからね』と伝えていて、それがどこかで響いたのかもしれません。

 アメリカで改めて歌と向き合い、いくつか歌う機会をつかんでみせた。夏にドジャース対エンゼルス戦の球場で国歌独唱を、秋には自らライブを企画し、100人ほどの会場が即日完売したと聞いています。

 アメリカでの活動が耳に届いたのか、昔アルバム制作でお世話になったジャム&ルイスさんから『アメリカにいるなら歌ってくれ』と声をかけられ、ピッツバーグで音楽フェスに参加することになりました。ジャム&ルイスさんはジャネット・ジャクソンのアルバムを手がけた名プロデューサーで、フェスで娘は何曲かジャネットの曲を歌っています」

 シンガーの先輩として、時に娘にアドバイスを行う。普通の親子とはまた違う2人の関係性があった。
 
「13歳でデビューして、娘も37歳になりました。私自身の経験を振り返ると、37歳ごろというのはボーカルとしてちょうどひと皮むける時期。まだ筋肉もあって、いい声が出るこの時期に、自分のマックスを知ってもらいたい。歌手というのはいくつになっても歌っていく。

 だからマックスを知って、そこからコントロールしていけばいい。彼女自身、そういう意識は高まっているのでしょう。ここのところ、声の感じが少しずつ変わってきているようです。私も『この壁は乗り越えたほうがいい』、そう娘に話しています。

 娘とのやりとりはいつもこう。あの洋服がかわいいだとか、あのアイドルが素敵だとか、そんな話は一切なし。気づけば歌のことばかり話してきました。母として、シンガーとして、全力で娘をバックアップしてきた。

 けれど娘が渡米して、注いでいたエネルギーの行き場がなくなってしまった。毎晩自分のお店でお酒を飲んで、翌日また笑顔でお客さんを迎えられるようにコンディションを整える。

 その繰り返しに、ふと虚しさを感じることも増えてきました」(次回に続く)

<取材・文/小野寺悦子>