ただ、がん罹患への心構えはできていた野中さんでも、乳房の切除にはなかなか踏ん切りがつかなかった。

姉のときも全摘で“でも命が助かったんだからよかった”と。そう思えていたのにいざ自分事で直面すると、全摘なんて絶対嫌だという気持ちが強く、葛藤がありました

未来を向くため罹患前に予防切除を

 その気持ちを、切り替えてくれたのはパートナーのひと言だった。

“生きることにブレないで。僕には、君が未来にいることがいちばん大事だ”と言い切ってくれました。この人のために、子どものために、未来を手放してはいけない。そのために乳房の切除は必要なのだ、と自分に言い聞かせました

 穏やかだけれど、野中さんの言葉に力がこもる。

姉はそうでもなかったらしいのですが、乳房がなくなるってことが本当に悲しかった。手術台に上がってからも“逃げられないかな”と考えたぐらいです(笑)

 麻酔が効いてきたころ“胸は再建すればいい”と、やっと踏ん切りがついたという。

 左乳房を全摘した翌年、野中さんは大きな決断をする。まだがんに罹患していない、右乳房と卵管・卵巣、子宮の全摘を決めたのだ。

「遺伝性乳がん卵巣がん症候群だと、乳がんになる確率が高いと80%、卵巣がんになる確率が70%くらいなんです。特に卵巣がんは、定期的に検査を受けていても発見されにくい。私はまだ生きていたいから、リスクをなくすための予防的措置として全摘を行いました」

 仕事をバリバリこなしていた野中さんは、あまり休んでばかりもいられないと全摘手術を一気に受けた。そして、退院の翌日には出勤したという。

戻れる場所がある、すべきことがある、私は動ける、と仕事が心の支えになっていたかもしれません

 子宮や卵巣の摘出も乗り越えた野中さんを悩ます問題が起きた。ホルモン療法を受け、生殖系の器官も摘出したために、その副作用で髪の毛がじわじわと抜け落ちだしたのだ。

 早期発見のため、放射線治療は行わなかったが、ホルモン治療でも毛は抜けてしまう。

エスカレーターだと、上から頭を見られるでしょ。電車でも椅子に座っていれば見下ろされて頭頂部が人目にさらされる。それが苦痛でした