目次
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ー 愛子さまの幼少期、天皇家は苦難の連続
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ー 陛下と愛子さまにも深い絆
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ー 陛下のお話で気持ちが和らぐ愛子さま

愛子さまは学習院初等科3年生のころ、管弦楽部に所属されていました。朝7時半から始まる朝練に遅刻しないようにと、陛下は何度も学校へ付き添われ、愛子さまがチェロを演奏される姿を見守られていたのです。

 陛下も演奏会でビオラを披露したことがあるほど、音楽に造詣が深く、ご自分と同じ趣味を愛子さまが持たれたことがうれしかったのでしょう」(侍従職関係者)

愛子さまの幼少期、天皇家は苦難の連続

'19年8月、静養のため那須塩原駅に到着されたご一家。駅に集まった人々と交流された
'19年8月、静養のため那須塩原駅に到着されたご一家。駅に集まった人々と交流された

 昨年、22歳になられた愛子さま。日本赤十字社への就職も内定し、順風満帆に見えるが、愛子さまの幼少期、天皇家は苦難の連続だった─。

「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りします」

 約30年前、陛下のこの言葉に心を打たれ、雅子さまが結婚を承諾されたのは有名な話。

「陛下はこの約束を真摯に守ってこられました。愛子さまがまだ幼いころ、雅子さまは適応障害を公表されるなど、体調は今よりも波がある状態でした。そんな雅子さまに代わって、陛下は積極的に育児に取り組まれていたんです」(宮内庁OB)

『皇室の窓』(テレビ東京系)で放送作家を務めるつげのり子さんは、陛下のイクメンぶりについて、印象に残っているシーンがあるという。

愛子さまがまだ生後8か月のころ、ご一家は静養のため、栃木県那須郡を訪問されていました。滞在中、『沼ッ原湿原』を散策されたのですが、その際、愛子さまを乗せたベビーキャリーを陛下が背負われていたんです。

 このお姿に、普段から率先して子育てをなさっているのだと感じました」