「ラーメンが大好き」まさかのメンバーも…

ジャズ・ピアニスト・上原ひろみ(撮影/廣瀬靖士)
ジャズ・ピアニスト・上原ひろみ(撮影/廣瀬靖士)
【写真】上原が影響を受けたジャズ・ピアニストのオスカー・ピーターソンと

 4月に発表された彼女の新たなバンドHiromi's Sonicwonderの2作目となる『OUT THERE』は、超絶無比のバンド・アンサンブルでありつつ、これまでになく自由度が高く希望の匂いが全体に漂う作品だ。中でも、もはや自他共に認める無類のラーメン好きで、ジャズ・ピアニストのMVとしては前代未聞といえる、ひたすらラーメン店に向かい食べるだけの映像の、楽曲『Yes! Ramen!!』。キャッチーでオリエンタルなメロディーは少しコミカルではあるが、メンバー全員の演奏が一見バラバラでありながら、その“カオスを保った調和”でグルーブが生まれて不思議な高揚感を与えてくれる。上原の新たな代表曲として、定着する予感がある。

「新しいバンドをつくる上で、このメンバーは演奏技量が高く、何よりも人の演奏を聴いて解釈する能力に長けているのは実感していました。それからライブをやるようになって、メンバー間のパーソナリティーがわかるようになってきたら、私自身まったく知らなかったのですが、全員私と同じでラーメンが大好きだったんですよ(笑)。

 私がいろいろな場所でラーメンが好きだと言い続けたので、最近はラーメン以外で何かないですか?と聞かれるようになりましたが“ラーメンがあれば十分です”と答えるくらい今も好きです(笑)。

 それに自分の音楽生活のキャリアと、この20年ぐらいでラーメンが世界に認められていった過程がリンクしているような気がしています。そんな中、ラーメン大好きのメンバーが集まった今、ついにラーメンの楽曲を書くときが来たと感じたのが動機なんです(笑)」

 今作『OUT THERE』は、これまで以上にバンドメンバー、それぞれの個性の当て書きで楽曲が書かれた要素が大きく、それが良い形で反映されたエピソードといえるだろう。

自分から勝手に譜面を書いていた“あの作品”

 求道的、かつエンターテイナーとして、その両面を併せ持つ上原の音楽人生をひと口で語ることは難しい。“求道者”としての彼女について、以前インタビューした際には、こんなことを語っていた。

「私の音楽の本道は、自分で楽曲を書き、アルバムを作ってツアーをすることです。でも、それ以外にもイレギュラーなオファーが来ることがあって。それをやると、自分では思いつかなかった発想が得られて、その影響を自分本来の音楽活動に反映させていくようにしています」

 そのイレギュラーなオファーの最たるものが、'21年の東京オリンピック開会式出演と、'23年の映画『BLUE GIANT』で音楽担当をしたことだろう。この2つは、大きな話題を集めたといえる。

「東京オリンピックに関していえば、私は会場でピアノを弾くだけでしたから、みなさんが考えるよりは大変じゃなかったかもしれません。自分が他人との共同作業で大切にしているのは、まず作品に何を感じるかですけど、その仕事を受けるかどうかは、例えば映画であれば、監督などのスタッフと話してみてひとつのチームとして仕事ができると感じられるかを判断しているところが大きいんですよ。

 もっというと“人ありき”かもしれません。『BLUE GIANT』に関しては、その前から原作者とテレビで対談していて、編集の方ともコミュニケーションも取れていました。

 私自身、原作の漫画が始まったときから読んでいて、もう自分の中で勝手に音が流れていたんです。それで漫画の原作者から、作品の中で譜面を書くのが大変だという話を聞いて、それなら私、もう音ができているので、譜面書きますよ、って」

 正式オファーが来る前から、すでに上原の中には曲が頭の中で作られていたという。

「私から勝手に書かせてもらっただけなんですけど(笑)。その時点では、私が譜面を書いていたのも公表していませんし、クレジットも出ていませんでした。

 ただそれは“上原ひろみ”が楽曲を書いたということではなく、漫画の登場人物として楽曲を書くという側面が大きかったですね。映画の音楽を担当したときも演技ではないけど、その登場人物に擬態して演奏したというニュアンスが正しいのかもしれません」

 彼女の面白いところは、他者が持つ情熱に納得できれば、ジャンルがどうであれトライすることに矛盾はないと考えているところだ。そこが彼女のエンターテイナーといえる部分かもしれない。

 その最たるものとして、彼女のライブに足しげく通うことでも知られる、嵐の松本潤が主演を務めたテレビドラマ『となりのチカラ』でのサウンドトラックだ。名曲『上を向いて歩こう』を全10テイク異なるバージョンで収録するという、1人のクリエイターの発想の限界に挑むかのような創作に取り組んだ。

「あ、でもあれもあまり苦労しなかったかもしれない(笑)。もともと大好きな楽曲だし、ひょっとしたら、もっとオファーされていたら、まだできたかもしれないですね」

 さまざまな可能性にチャレンジしている彼女。『BLUE GIANT』では登場人物に擬態しての演奏と話していたが、もし俳優としてのオファーが来たら挑戦するのだろうか?

「……それは200%ないです(笑)。例えば、ピアノを弾くだけの役とかなら考えられるのかもしれないけど、演技をするのは無理なので、もっと強めに言います。20000%無理です(笑)」

 どんな人にも、苦手なモノはあるというオチに普通はなる。しかしながら『Yes!Ramen!!』のMVで見せる、彼女の魅力的な表情に惹かれる人がいることも事実。それに、ルイ・アームストロングが映画『上流社会』に出演したように、映画に出演した人気ジャズマンも多い。上原もいつか機会があれば─。