年齢を重ねたので“教えたい”意欲も
しかし、年齢を重ねる中で、「いつまで腹話術ができるのか」という不安も感じるようになった。
「昔よりも高音が出せるようになったので、声はまだいけそうです。ただ、問題は体力。腹話術はセリフも多いし、人形を操るのに上半身の筋肉をかなり使うので、体力の消耗が激しいんです。最近は、1時間のショーをやるともうクタクタ。前はそれを1日に2本、しかも毎日のようにやっていたから自分でも驚きます」
それでも「70代までは大丈夫そう」と笑う。
「とはいえ、70代になるのもすぐですからね。皆さんそうだと思いますが、年を取ると月日がたつのが本当に早く感じます。別に悲観的になっているわけじゃなくて、そろそろ“死”についても考え始める年齢です。人間いつ死ぬかわかりませんから。腹話術のやり方を教えようと思えるようになったのも、そうした年齢による心境の変化が大きいですね」
かつては、腹話術のやり方は絶対に教えないと決めていた。しかし現在は、自身のYouTubeチャンネルで腹話術のやり方を公開。「声が遅れて聞こえてくる」でおなじみの衛星中継のネタも、すべて無料で見ることができる。
「周りからは、『無料で見せていいの?』なんて聞かれますが、全然構いません。僕の動画を見て、新しい腹話術を考える人が出てきてくれたらうれしいです。
例えば、お笑いと腹話術、両方の才能を持った人が出てきたらすごいですよね。僕はお笑いの才能に乏しく、腹話術なら勝てるかもと思ってやり始めたタイプなので。でも難しいのが、普通にしゃべって笑いが取れる人は、腹話術をやらないんですよ(笑)」
動画のコメント欄の中には、米国の公開オーディション番組『アメリカズ・ゴット・タレント』に出演してほしいという声も挙がっているが、本人は「あまり興味ないんですよね」とのこと。
「でももし出るとしたら、歌ネタかな。以前は海外でもショーをしていましたが、やはり海外のお客様は盛り上がるのが上手ですね。日本人よりも食いつきがいい感じがします」
文化の違いは、ネタの内容にも表れている。
「海外にも腹話術師はいますが、人形に政治批判を言わせたりするんですよ。
日本ではなかなか見ないネタですね。海外だとスタンダップコメディーが主流だから、腹話術もその流れなのかもしれません」
世界中の腹話術師を見てきた中で、「すごいと思う人もいた」というが、自身を超えるレベルの人物がいたかという質問には、「うーん」と首をひねる。世界規模で見ても、いっこく堂と同レベルの腹話術師はいないのだ。
もちろん日本でも、彼に代わるような新しい腹話術師は20年以上出てきていない。それでもいまだに新ネタを考え、芸を磨き続けるモチベーションは、どこからくるのだろうか。
「単純に、もっとうまくなりたいという気持ちだけです。自分の芸を見て、『ここは直したほうがいいな』と思うことがいまだにあるんです。人形がしゃべりだすタイミングと、僕の口を閉じるタイミングとかね。ちょっとずれるだけで、腹話術に見えなくなる。見直すべき細かい点は、まだまだ尽きません」