絵島ほどの地位なら、門限破りくらい揉み消すことも簡単なはず。だが、そこに6代家宣の側室で7代家継生母の月光院と、家宣の正室だった天英院の確執が絡みつく。絵島は月光院の腹心で、33歳の若さで大奥トップに君臨していた。

多数の女中を“洗脳”して愛人状態に

 しかも美人とあって、怨嗟の的になっていたらしい。綱紀粛正の名目のもと苛烈な処分が下され、絵島は島流し、その兄は死罪。絵島との肉体関係を疑われた生島や芝居関係者は遠島、同行の女中67人が親類に預けられた。

 享和3(1803)年には、好色坊主と奥女中のセックススキャンダル「延命院事件」が世を騒然とさせている。江戸谷中にあった延命院は大奥の信仰を集めていた。それというのも、住職の日道は役者上がり。ハンサムぶりと美声で魅了していたからだ。

 しかし、日道は60人近い女性関係がバレて斬罪、関係を持った奥女中も処罰を受けている。日道の正体は当時の尾上菊五郎という説が流布したものの真偽は不明だ。

 淫欲に金、出世まで絡んだ醜聞が天保12(1841)年の「智泉院・感応寺事件」。下総(現在の千葉県北部と茨城県南西部周辺)にある智泉院住職の日啓は、絶倫将軍こと家斉が寵愛したお美代の方の実父だった。

 日啓は娘が大奥で幅を利かせるのに乗じ、多数の女中を“洗脳”して自身の愛人状態に。さらに感応寺を復興させ住職に収まる。同寺は将軍家や諸大名から多額の喜捨を受けた。それもこれも、娘から家斉への猛アピールあってのこと。

 だが、家斉の死を待つかのように、天保の改革を推進する老中水野忠邦は破戒坊主を処断。感応寺は取り潰され、日啓も獄死している。

 一連の事件にフェイクニュースまで加味され“淫行に耽る大奥”の評判が広まる。さらにハラスメント、賄賂、情実、権謀……大奥には下世話なイメージが定着してしまった。

 今日の映画やドラマ、マンガが描く大奥もその世界観の延長上にある─これを知った江戸のキャリアウーマンたちは、どんな思いを抱くだろうか。

文/増田晶文 ますだ・まさふみ 小説家。1960年、大阪府生まれ、同志社大学法学部卒。人間の「果てなき渇望」をテーマに執筆を続けている。歴史、時代小説で新たな人物像を構成、描写することに定評がある。代表作は『河内熱風録 楠木正成』や蔦屋重三郎を描いた『稀代の本屋』、『たわけ本屋一代記』など。