
《平和記念公園を訪れ、原爆ドームと平和の灯を望みながら、原爆死没者慰霊碑で花をお供えし、80年前の原爆投下により犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに、これまでの広島の人々の苦難を思い、平和への思いを新たにしました。
この後、被爆遺構展示館と広島平和記念資料館を訪れました。一つ一つの展示品や写真から伝わってくる原爆被害の悲惨さに深く心が痛みました。また、被爆前後の広島の街や人々の様子などについて理解を深めるとともに、原爆被害の実相を肌で感じることができました。
広島平和記念資料館では、日本原水爆被害者団体協議会のノーベル平和賞受賞を記念した展示も見ました。長年にわたって活動を続けてこられた方々のご苦労に思いを致しつつ、平和な世界を築くために人々がお互いの理解に努め、協力していくことの大切さを改めて感じました。
また、被爆された方々のお話をうかがい、皆さんが経験された苦難の一端に触れ、そのご苦労をしのぶとともに、皆さんが困難を乗り越え、これまでのつらい体験や、平和の尊さを自ら語り継いでおられることに深い敬意を抱きました。
さらに、被爆された方々の体験を伝承する活動をされている若い方々ともお話しし、戦争を知らない世代の皆さんが被爆された方々のご苦労を丁寧に語り継ごうとされていることを、意義深いことと思いました。(中略) さまざまな方法で被爆体験や平和の大切さが伝えられていくことの意義を改めて感じます》
平和記念公園をお訪ねになった両陛下

戦後80年の節目にあたり、天皇、皇后両陛下は6月19日から1泊2日で広島県を訪問した。19日午後、広島市の平和記念公園を訪れた両陛下は、原爆死没者慰霊碑に白いユリの花などを供え、深々と拝礼した。被爆遺構展示館と広島平和記念資料館では、被爆状況などを深く学び、被爆者らと懇談した。
1945年8月6日、米軍機による広島市への原爆投下で、推計約14万人(同年12月末まで)が死亡したという。両陛下が広島を訪問するのは、天皇陛下の即位後、初めてとなる。今年は、戦没者の慰霊と戦禍の記憶継承などを目的に、4月に硫黄島(東京都小笠原村)、6月初めに沖縄県を訪れていて、これが3か所目となった。両陛下は侍従を通じて冒頭のような感想を公表したが、被爆地・広島に強く寄り添おうとする気持ちが伝わってくる。
「私が生まれる15年前までは戦争の時代であったということになります。両親である上皇、上皇后両陛下は、幼少時を戦争とともに過ごされたわけで、日本において80年間、平和の時代が続いていることをありがたいことと思います。
先の大戦においては、世界の各国で多くの尊い命が失われたことを大変痛ましく思います。
わが国の人々についても、広島や長崎での原爆投下、東京をはじめとする各都市での空襲、沖縄における地上戦、硫黄島や海外での激しい戦いなどで多くの尊い命が失われました。
終戦以来、人々のたゆみない努力により、今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられましたが、亡くなられた方々や、苦しく、悲しい思いをされた方々のことを忘れずに、過去の歴史に対する理解を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います」
今年2月23日、天皇陛下は65歳の誕生日を迎えた。これに先立って行われた記者会見で、戦争の歴史とどう向き合うかを尋ねられ、このように答えている。
また、陛下は、「戦争の記憶が薄れようとしている今日、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や歴史が伝えられていくことが大切であると考えております」と述べ、戦争の記憶を次世代に正しく伝えたいとの思いも語っている。
6月18日、来日中のドイツのシュタインマイヤー大統領と皇居で面会した際にも陛下は、翌日から広島を訪問することを伝えたうえで、「過去の記憶を次の世代につなげていくのは大変、重要なことだと思う」などと話したと報道されている。
こうした陛下の熱い思いは、6月初めの沖縄訪問に23歳の長女、愛子さまを帯同したことにも示されている。初めての訪問となった沖縄で、愛子さまは、両親と一緒に国立沖縄戦没者墓苑や沖縄県平和祈念資料館などを視察しながら、悲惨な戦争の一端に触れ、平和の大切さをしっかり学んだことと思う。