子を持たない選択もできるように

 取材の終盤、母親を父親に置き換えて、「父親になって後悔していますか?」と聞くと、サトルさんは「難しいですね」と言って考え込んだ。

「後悔していないと言えば嘘になりますが、激しくは後悔していない。だけど、子どもを持たない人生を折に触れて考えてしまう。既婚でも子どものいない同僚や独身の人を見たりするとね」

 サトルさんは自宅で仕事をしていても途中で抜けることが多い。娘が熱を出したと保育園から連絡が来れば、迎えに行かざるを得ないからだ。会社の人事評価では「家庭に時間を割きすぎ」と言われて、モチベーションが非常に低下してしまったとこぼす。

「父親になることで別人になったといえるほどの変化がありましたし、子育てによって得られたものの多さは計り知れません。それでも後悔を感じてしまうことがあるのは否めませんね」

 こうした葛藤を抱いたことを含めて、サトルさんは娘が大人になったら、すべて伝えようと思っているそうだ。

「いいことも悪いことも、リアルな情報として、絶対に伝えなきゃいけないと思っています。母親になれば自然と何かが変わるわけではないので、いろいろ聞いた上で、母親になるかどうか、娘には自分で判断して選択してもらいたい。

 僕たちのように子育ての大変さを知らずに突入するのと、知っていて突入するのでは、天と地の差があると思うので」

 サトルさんが言うように、これから子どもを持とうと思っている人には、親たちのリアルな声にもっと耳を傾けてほしい。

 また、取材を通して、多くの母親たちは知らないうちに「理想の母親像」を刷り込まれており、必要のない罪悪感やプレッシャーに苦しめられていると感じた。

「理想の母親像」を壊していくための第一歩は、つらさを抱え込まず、自分の思いを声に出して発信することだ。親たちのリアルな声が、支援する公的機関や祖父母世代にも届いて、子育てを心から楽しめる社会になることを願ってやまない。

はぎわら・きぬよ 大学卒業後、週刊誌記者を経て、フリーライターに。社会問題などをテーマに雑誌に寄稿。集英社オンラインにてルポ「ひきこもりからの脱出」を連載中。著書に『死ぬまで一人』(講談社)がある

取材・文/萩原絹代