3日後にようやく病院へ行くと、痛風の診断を受けた。
痛みは10日間続いた
「“やっぱり”という思いと同時に、先生に診断してもらったことで気持ちが落ち着き、痛みも減った気がしました。一方で、また一生の病気にかかってしまったのかとショックも大きくて。
僕は30歳のときに、免疫の異常で関節に炎症が起きるリウマチになり、長年治療を続けて、ようやく治ってきたところだったんです。そしたら今度は痛風って! 感情の起伏が激しい彼女と別れて、次は優しい人だと思って付き合ったら、また激しかったみたいな感じです(笑)」
しかも尿酸値の急激な変動は発作の再発につながるため、痛みが引くまで尿酸値を下げる治療薬は服用できなかった。
「発作から4~5日後には右足がさらにパンパンに腫れてきて、痛みも10日間続きました。激痛で靴が履けないので、仕事に行くときはずっとサンダルでした。発作から5日後に踊る仕事が入っていて焦りましたけど、不思議と本番中はまったく痛くなかったです」
肉や魚卵などプリン体を多く含む食品やお酒の過剰摂取によって発症の可能性が高まる痛風。しかし古坂さんは芸人仲間との飲み会も年に数回ある程度で、家族と食事することがほとんどだったそう。
「確かにプリン体の多いレバニラは大好物でよく食べていましたが、自分の感覚としては食習慣よりも加齢やストレス、疲れ、運動不足が大きかったなと思います。今年、僕がプロデュースするピコ太郎の代表曲『PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)』がリリースから10周年を迎えるので、昨年からそのカウントダウンでさまざまなプロジェクトをYouTubeなどのSNSで配信していて。
曲やMVの作成も全部自分でやるので、半年近く寝る間も惜しんでスタジオにこもっていたんです。15時間こもりっぱなしなんて日も珍しくなかったですね」
さらに古坂さんは育児も積極的に参加し、仕事の合間に子どもたちの送り迎えやお世話も欠かさず行ってきた。
「毎朝7時に起き、子どもたちと朝食を食べてから保育園に送ったあと、スタジオで夕方まで曲作りや収録などの作業。一度、帰宅して保育園へ迎えに行き、晩ごはんを食べさせてからラジオの生放送に行くか、ラジオがない日は子どもとお風呂に入って寝かしつけ、それからまた深夜までスタジオ作業なんて日もよくありました。名古屋や大阪、仙台に行く日も多く、とにかく忙しかったですね」
スタジオではごはんも食べず作業に没頭してコーヒーばかり飲んでいたため、カフェインの利尿作用で痛風の原因となる水分不足も深刻に。
「身体の疲れやストレスだけでなく、運動不足も慢性化してましたね。スタジオではトイレのときしか歩かずに歩数計が78歩なんて日も」











