名選手が名監督に
第5位は、栗山英樹と落合博満。
栗山は、高校時代から渡米を公言していた大谷を説得して日本ハムに入団させ、当時は反対する声も多かった“二刀流”を支持。大谷が世界一の野球選手になる土台を作った。2023年には、大谷を筆頭とするスター選手を率いてWBC制覇を成し遂げている。
「名選手、名監督にあらず」という格言があるが、その真逆の例で知られるのが落合だ。戦後最年少の三冠王に輝いた落合は、2004年から中日の監督に就任するとすぐにリーグ優勝を果たし、任期8年間全ての年でAクラス入り。中日を「常勝チーム」にした。
栗山《大谷翔平さんを二刀流で育てたり、WBC優勝などの活躍》(三重県・55歳女性)
落合《守りの野球をしてドラゴンズを常勝球団にしたので》(大阪府・56歳男性)
第4位はダイエー・ソフトバンクで監督を務めた王貞治。
王が監督に就任した当時のダイエーは、弱小チームの代名詞のような存在。あまりに弱すぎて、王はファンから生卵を投げつけられたことも。それでも辛抱強くチームを育て続けた王は、1999年にダイエーを初のリーグ優勝と日本一に導き、「常勝軍団」ソフトバンクホークスの礎を築いた。2006年の第1回WBCでは、優れた統率力と慕われる人柄でイチローたち選手をまとめ上げ、初代チャンピオンに輝いている。
《弱小軍団だったダイエーホークス(現ソフトバンク)を常勝軍団に転換した功績は甚大》(福岡県・59歳女性)
《本人の技術力も優れていて、統率力があり、人柄も素晴らしい》(千葉県・48歳女性)
続く第3位は、「闘将」星野仙一。
1988年と1999年に、中日の監督として2回のリーグ優勝を果たし、2003年には阪神の監督として18年ぶりのリーグ優勝に貢献。2011年からは楽天の監督を務め、2013年に球団創設9年目のチームを初の日本一へと導いた。
厳しい熱血指導で知られており、その熱さが選手の心に火を点けていたと考える人は多い。ただ厳しいだけでは選手もついていかず、各球団で優勝という最高の結果を残すことは不可能だろう。そのため、星野の「情」のこもった指導・采配を高く評価する声が寄せられた。
《各球団で優勝に導いたから》(神奈川県・44歳女性)
《紳士的だが闘志を注入できる》(東京都・42歳男性)
《選手をやる気にさせるのがうまい》(千葉県・58歳男性)











