「とみおかアーカイブ・ミュージアム」を視察
7日、ご一家は富岡町を訪れ、震災と原発災害関連遺産を収蔵・展示する「とみおかアーカイブ・ミュージアム」を視察した。館内には住民の避難誘導中、津波に巻き込まれて損壊したパトカーが常設展示されている。
乗車していた警察官のうち一人は遺体が見つかり、もう一人は行方不明のままだという。報道によると、皇后さまは、「本当に痛ましいです」と述べたという。
その後、ご一家は大熊町と浪江町を訪問している。大熊町にある町立義務教育学校「学び舎ゆめの森」では授業の様子などを視察し、住民たちと懇談した。
報道では、震災当時、福島第一原発で警備員をしていた男性に、皇后さまが「そのときはどう思われたんですか?」と尋ね、男性が「日に日に状況が悪くなったときの気持ちは、言葉では表せないほど」と振り返った。そして陛下は「大変な状況でしたね」と気遣っていたという。
天皇ご一家が福島を訪問する前日の5日午後、茨城県笠間市の常磐自動車道下り線の友部ジャンクション付近で、奈良県警の大型バスが横転する事故が起きている。この事故で、バスに乗っていた奈良県警の機動隊員のうち四人が軽傷を負い、このうち一人が病院に搬送されたという。
警察によると、バスに乗っていた機動隊員は警備のため福島県に向かう途中だった。天皇ご一家が福島県に滞在するため、全国から警察官が派遣されていたという。
ご一家が新幹線で出発した6日午前のJR東京駅でも、警備が厳重だったらしい。その場に居合わせた関係者によると、駅構内にはご一家が通る、かなり離れた場所に規制線が張られて立ち入りが制限されたという。スマホでの撮影も禁止されたらしい。
ご一家は、通勤客たちに向かって手を振っていたのだが、たまたま居合わせた人たちは天皇、皇后両陛下と愛子さまだとは確認できず、「誰、誰?」「なになに?」と周囲に尋ね回る人の姿も見られたらしい。別の関係者は、「せっかくの天皇ご一家と国民との貴重な触れ合いの機会だったのに、これでは残念です」と話していた。
1985年11月、英国・オックスフォード大学での留学を終えて帰国した天皇陛下は記者会見で、「英国に比べて警備が過剰なのではないか」などと述べたことがある。当時、陛下は浩宮さまと呼ばれていた時代で25歳、独身の若きプリンスだった。
《陛下「英国王室の方々の警備を見て感じるのですが、警備というものは二つのものを隔てるものではなく、それを警護するものであるべきなのですけれども、日本の警察の場合ですと、英国に比べて警備が過剰なのではないかなという印象を受けます。警備というものは、国民と皇室の間を隔てるものであってはいけないと考えています(略)」
記者「あまり警備が目立たないようにということですか」
陛下「ある意味では目立たないということと、スマートさということです」
記者「日本の場合に過剰だということは、具体的にはどんな例があるのですか」
陛下「たとえば人数です」
記者「人数が多すぎるということですか」
陛下「そうです。それから目立ち過ぎるということです。英国の場合ですと(略)、確かに要所要所にはしっかりと警察官を配置しているわけですけれども、決して目立つものでもなければ、国民と王室との間を隔てるものでもないという印象を強く受けました」》(『新天皇家の自画像 記者会見全記録』文春文庫より)
この記者会見から40年余りになるが、国民との触れ合いを大事にしたい皇室と警備の問題は古くて新しいテーマだといえるだろう。
両陛下は、皇室警備の現状をどう考えているのだろうか。そして、若い佳子さまの意見はどうだろう。お聞きしたい気がする。
<文/江森敬治>

















