赤裸々すぎる手記が刊行
しかし、交際は長く続かず「別に好きな人ができたから」という15歳らしい別れ文句に逆上した少年が、数枚の写真を出版社とスポーツ紙各社に持ち込み、中には濃厚なキス写真まで含まれた。要は「リベンジポルノ」のハシリだったのだ。
ちなみに「ニャンニャン」とは、わらべのヒット曲『めだかの兄妹』の歌詞から引用された擬声語だが、事件以降、性行為を指す隠語として世間に定着した。つまり『夕やけニャンニャン』(フジテレビ系)も「おニャン子クラブ」もこの事件がなければ誕生していないことになり、「チョメチョメ」(山城新伍)から「ニャンニャン」へと、現代用語を転換させたのは特筆すべきことだったと言っていい。
しかし、業界関係者はそんな呑気なことは言ってられず、燎原の火は瞬く間に燃え広がった。まず「ペイントマーカー」(三菱鉛筆)、「シャワラン」(牛乳石鹸)、「シャービックバー」(ハウス食品)のCMが事件の余波で終了。お中元のCMは同じ所属事務所の松本伊代に差し替えられ、彼女をスターに押し上げた『欽どこ』も降板、わらべも脱退。歌手デビュー計画も頓挫。秋に公開予定だった映画『積木くずし』は渡辺典子が代役となり、新ドラマはいずれも中止を余儀なくされた。
余談になるが、このとき中止となったドラマこそ、2年後、斉藤由貴の主演でスタートした『スケバン刑事』(フジテレビ系)である。南野陽子、浅香唯と続く人気シリーズは、実は高部知子で走り出したプロジェクトだったのだ。
さらに、騒動は悲劇的な結末を迎える。件の少年が茨城県内の林道に止めた車の中で、遺体で発見されたのだ。「ガス中毒による自殺」が通説だが「俺が死んだら殺されたと思ってくれ」と生前口にしていたことから他殺説も流れた。ともかく「これで高部知子の復帰は完全になくなった」と誰もが思った。
しかし、芸能界は彼女を放っておかなかった。世間がその存在を忘れつつあった1年後の1984年5月、『告白ハンパしちゃってごめん』(ワニブックス)なる手記が刊行される。内容はすさまじく「小5で初潮、中1でタバコ、中2の夏に初体験」《彼と寝たベッドで抱かれた。あの写真を撮った頃を思い出す》など赤裸々すぎて、中1だった筆者は衝撃のあまり「ニャンニャン事件はこの本の宣伝だったのかも」とすら思った。

















