目次
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ー 古代において女性天皇は“日本らしさ”を示す歴史的な象徴
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ー 愛子さまは国民が喜ぶ姿をご自身の喜びとされている
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ー 政治は皇室の方々の人格の尊厳を軽視している

 

 6月5日、減少する皇族数の確保に関して、衆参両院の正副議長が会談し「女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する」「旧宮家の男系男子を養子に迎える」の主要2案を容認する取りまとめ案で合意した。

古代において女性天皇は“日本らしさ”を示す歴史的な象徴

「旧宮家の養子案は15歳以上を想定しているということも明らかになっています。こうした状況でも、中道改革連合の笠浩史議員は皇室典範改正に関する議論を今後も深めていくことが必要と主張。共産党や社民党も、“女性天皇の可能性”も加味した改正議論を求める姿勢をあらわにしました」(皇室ジャーナリスト)

 政府の方針を鑑みると、多くの国民が求める“愛子天皇”の実現へのハードルは極めて高いと言わざるを得ない。議論の余地は残されているものの、その道筋は依然として険しそうだ。

東アジアの歴史において、女性の君主は極めて例外的な存在でした。しかし、日本では前近代に8人、10代にわたる女性天皇が存在します。東アジア世界の中で比較すると女性君主の数が圧倒的に多いのです。これは決して偶然ではなく、日本の文化や価値観において女性を尊重し、女性の血筋にも独自の意味を認める“双系的”な血統観が基盤にあったためです

 そう話すのは、國學院大學講師で皇室研究の専門家である高森明勅さん。女性天皇が歴史を築いてきた意義は大きいと強調する。

「日本の古代法典である律令には『女帝の子』の規定があり、その子どもは性別を問わず天皇の子として位置づけられていました。“女性天皇=中継ぎ”という認識は、武家支配で地位が限定的だった江戸時代のモデルに基づくもので、古代の女性天皇は実態が異なります。最初の女性天皇とされる推古天皇による『天皇』称号の採用や、持統天皇による『日本』国号・大嘗祭の制度化、元明天皇の平城京遷都など、それぞれ卓越した指導力で国家の転換期を主導しました。古代における女性天皇の存在は、まさに“日本らしさ”を示す歴史的な象徴なのです」(高森さん、以下同)