“勝新太郎の妻”として立派に死にたい
さらに「亡くなるとき、まだ生きようとしている主人の目を私の手で閉じるのがとてもつらかった。実はね、あまりに悲しくて、命日の日付がわからなくなっちゃったんですよ」と、勝さんが亡くなる際のエピソードも明かしてくれた。
平成以降は、明石家さんまにその独特な愛嬌と才能を見出され、バラエティー番組にも多数出演。「ぐふふふふ」という特徴的な笑い声と、お茶目で飾らない人柄で、若い世代からも絶大な人気を博した。
近年になってもそのパワフルさは衰えず、80代を迎えてからもYouTubeチャンネルやInstagramを開設するなど、常に新しいことに挑戦。
YouTubeのタイトルは玉緒さんの座右の銘である「今日のことは今日で忘れる」という言葉だった。
激動の人生を歩みながらも「他人任せにすると、失敗したときにその人を責めたくなるでしょ。私は誰かの悪口を言いたくないから、自分で決めます。自分で決めてダメなら仕方ない」と語り、常に前を向いて生き抜いた玉緒さん。
「母は“中村鴈治郎の妻”として立派に生きました。私も“勝新太郎の妻”として立派に死にたい」と語っていたその言葉どおり、最期まで勝新太郎さんの妻としての人生を全うした。
心よりご冥福をお祈りいたします。

















