ハリウッドかレコ大か
曲の大ヒットとともに、大きな話題を呼んだのがドレスだ。
「曲を聴いたときにギリシャ神話のニケ(勝利の女神)のイメージが浮かんで、私自身がデザインしたんです。もともとのヒントは、ダイアナ・ロス。彼女が来日ステージで、白のドレスに映像を投影させていたことに着想を得て、人間が“大”の字に手を広げたときに一番大きく広がるようにプリーツの形を考案しました」
大きく手を広げて歌う姿は、志村けんさんがコントでパロディーにしたり、子どもたちがこぞってまねをしたりと、一大ムーブメントを巻き起こした。
「まねをするのに、シーツ派とカーテン派がいらしてね(笑)。子どもたちがお遊戯会でやったり、忘年会の余興にされた方も大勢いて、シーツがたくさん売れたなんて話も伺いました。
パロディーにされたということは、それだけ日本中で聴いていただけたということ。本当にありがたくて、うれしかったですね」
長いキャリアの中、決して平坦な道ばかりではなかったはずだが、「芸能界を辞めたいと思ったことは一度もない」ときっぱり語る。
「私、そこまで弱くないみたい(笑)。辞めるぐらいの覚悟があるなら、頑張ったほうがいいじゃない?」
そんなジュディさんだが、『魅せられて』の爆発的ヒットの裏で、人生を揺るがす究極の選択を迫られていた。
「アメリカの大作ドラマ『SHOGUN 将軍』の主役に抜擢されたんです。国際女優になることは子どものころからの夢でしたし、時代劇で英語ができて、立ち回りや乗馬もこなす役となれば、私にしかできないという自負もありました。でも撮影が遅れに遅れて……。
国内では、『魅せられて』が売れて年末のレコード大賞に向かって突き進んでいました。この2つが重なってしまい、身体は1つしかないので、どちらを選ぶべきか死ぬ思いで悩みました」
そんなジュディさんの背中を押してくれたのは母親だった。
「母は、“あなたも自分で人生を選ぶ年齢。どちらを選択しても後悔はしないこと。その選択が間違っていなかったと、後から言えるように自分で努力をなさい”と。その言葉で、私は日本で歌うことを選びました。そして、年末の日本レコード大賞で、大賞を受賞させていただいたんです」
受賞の瞬間、感極まって呆然とするジュディさんの耳には、母の「よかったね、ジュディ」という声だけが届いたという。


















