人生で逆転劇を何度も繰り返す
酒井は、3人きょうだいの長男として、大阪府吹田市に生まれる。父の転勤で東京都多摩市に引っ越すと、8歳のとき自らの希望で児童劇団に入った。
「小さいころから歌や劇が大好きでした。当時、子どもを中心に大人気だったドラマ『あばれはっちゃく』シリーズ(テレビ朝日系)に魅せられると、『俺もこうなりたい!』と思ってオーディションを受けました。芸能界に入りたいというよりも、あばれはっちゃくになりたかった」
だが、主演オーディションの結果は不合格。どうしても諦めきれなかった酒井は、再度、友人役としてオーディションを受ける。これが思わぬ転機を呼ぶ。
控室にいると、ほかの子役がケンカを始め、その勢いで投げた使い捨てカイロが酒井に当たり、顔中が鉄粉まみれになった。騒ぎを聞きつけたスタッフは、鉄粉まみれの酒井を見るなり、「そのまま来て」とオーディション会場へ連れて行った。
「これだ! こんな暴れん坊が欲しかった!」
プロデューサーたちは色めき立った。
「シリーズ最終作となる『逆転あばれはっちゃく』の5代目・桜間長太郎として主演デビューが決まりました。絵に描いたような逆転(笑)。でも、この逆転劇があったから、今に至るまで『ひっくり返せる』って信じられるんです」
人気ドラマの主演をつかんだのだから、これ以上ない“4番でピッチャー”の実現だろう。ところが、あくまであばれはっちゃくになりたかった酒井は、ドラマが終わると燃え尽きてしまう。その後のオファーも断り、普通の学生に戻ることを決断する。自ら、4番でピッチャーの座を手放した。
では、どうして表現の世界に戻ろうと思ったのか?
「高校3年生のとき文化祭で、『ザ・ブルーハーツ』のコピーバンドのボーカルとして、満員の音楽室で歌うと、会場が一斉に盛り上がった。その光景を見て、自分がパフォーマンスをして、誰かが喜ぶ姿が好きなんやと再認識したんです」
高校を卒業すると、Vシネマの準主役として芸能活動を再開するが、しばらくして、酒井はあることを悟ってしまう。
「ちょうど木村拓哉さんやいしだ壱成さん、武田真治さんら、スマートな若手俳優が台頭していた時期でした。僕みたいなコテコテの人間が出る幕はないなと(笑)。向こう20年は求められてへんとわかった。一度、芸能界という山を下りていたからこそ、下からの眺めができたというか、自分は時代から求められてへんとわかったんですよね」
軽快な関西弁もあってか、「20年は売れへん」という身も蓋もない言葉なのに、不思議と重く聞こえない。学生時代、酒井はクラスメイトの女性から「明るくて暗い」と評されたことがあるという。楽観的なのに醒めている。この特有の視点が、舵取りを行う際の才覚となり、プレイヤー・酒井一圭の色気となっているのは気のせいか。
「それでいったん自分が好きなことをしようと思って、子どものころから好きだった戦隊シリーズのオーディションを受け続けることにしました」
結果は、いつも最終審査で不合格。並行して、趣味の競馬にのめり込み、借金は400万円までふくれ上がっていた。「もう後がない」。背水の陣で臨んだ『百獣戦隊ガオレンジャー』(テレビ朝日系)に一縷の望みを託すと、見事、ガオブラック役を射止めることができた。
「あとでわかったのですが、『ガオレンジャー』の他のメンバーも借金の返済に追われていたらしい。僕らは“借金戦隊”やった(笑)。どんな戦隊やねん」
酒井の言葉は、どんな状況でもジメジメしない。洗濯物がすぐに乾きそうなくらいカラッとしている。



















