「相撲に恩返しがしたい」
白鵬は、現役時代の2010年から、「白鵬杯」という少年相撲大会を開催している。当時の相撲界は、暴力問題・野球賭博・八百長問題など不祥事が相次ぎ、国技館の観客席がガラガラになるなど人気が低迷していた。
「このままでは国技といわれる大相撲がなくなってしまうのではないか、子どもたちが相撲から離れてしまうのではないか」
強い危機感を抱いた白鵬は、未来の担い手を育てる土台をつくるため、私財を投じて「白鵬杯」を創設した。だが、日本相撲協会の直轄ではない独立した大会ということもあり、立ち上げ当初は孤立無援だった。
「相撲に恩返しがしたい」
この白鵬の思いは、次第に賛同の輪を生んでいく。2016年に開催された「第6回白鵬杯」の中学の部(個人)で優勝した中村泰輝は、のちに横綱・大の里として角界を牽引するまでに成長した。それまで目立った成績を残せていなかった彼は、白鵬杯での優勝を機に「自信をつけた」と語っている。白鵬は、現役時代から種をまき、相撲の未来を見据えていた。
14年4か月、横綱として責務を全うした。その一方で、在位の後半には、かちあげや張り差しといった取り口、さらには土俵上の振る舞いが、「横綱としての品位を欠く」と批判され、反感を買うこともあった。
引退後は宮城野親方として後進の指導に努めたが、日本相撲協会との確執がたびたび報じられるなど、その足跡の陰には、決して平坦ではない道のりもあった。
退職の記者会見の場で、「協会の中ではなく外の立場から相撲の発展に力を注いでいくことがいいと判断して、最終的には自分自身で退職を決断いたしました」と不和を否定したが、一人横綱として揺れ動く相撲界を支えた白鵬の胸には、彼にしかわからない思いが去来したに違いない。
「どうして今もこれほどまでに相撲を好きでいられるのですか?」。そう尋ねると、白鵬はふっと表情を和らげ、自らの相撲人生を静かに振り返り始めた。



















