約559億4000万円。これは昨年、全国で発生したオレオレ詐欺など『特殊詐欺』の被害総額だ。手口は巧妙化し、被害者は10年で延べ13万人以上にのぼる。さらに、この犯罪には悲劇の“続き”があるという。曹洞宗の寺院『長寿院』の住職で、寺院を開放して24時間、自殺志願者からの電話相談を受ける篠原鋭一さん(70)が伝えたいメッセージとは。

被害高齢者を自死に追い込んだ「心なき言葉」

20151006 ikijigoku (32)

 オレオレ詐欺の被害者やその家族からの相談電話は年間30件ほど。最近、この手の詐欺の事件を“自己責任”で片づける風潮がある。でも実は、被害後に家族から責められ、自分を責めて、命を絶つ人がたくさんいる。その怖さに気づいてほしい。結果的に行き着くところが自死なら、これは“間接的な殺人”でしょう。

「結局、私はひとり。バカでした。死んでやりたい」

 怒りと悔しさで電話をかけてきたのは79歳の男性。高校生の孫を名乗る人物に50万円を騙(だまし)し取られた。

「アルバイト先のお金を使い込んだ。2人だけの秘密にして助けてほしい」

 亡くなった妻と必死に貯めた大切なお金の一部。しかし、可愛い孫を救わねばという思いが先行し、冷静にはなれなかった。それなのに家族は、落ち込むおじいちゃんに、「孫の声を忘れたのか」とバカにした。それが大変ショックだった。

 同じく、孫の声に騙された方はこう言っていました。

「孫を助けることによって、“やっぱりおじいちゃんがいてよかった”と、もう1度家族に存在を認めてもらいたいと思ってしまった」

 いかに普段、高齢者が家族の外におかれているか、わかります。単身高齢者を狙ったケースは非常に多く、私が知る最高被害額は1200万円です。

 ある日、お寺を訪ねてきた男性は、3年前に交通事故死で妻を亡くしていた。だが、今年の盆に遺書を見つけ、振り込め詐欺で100万円被害にあっての自死だったと発覚したんです。

 2人は再婚同士。元夫の息子を名乗る男に騙され、内緒で大金を払った。遺書には《母親として、再婚した後もずっと後ろめたい気持ちがあった。申し訳ない。死んでお詫びする》と綴られていた。実の息子には「バカ」と罵(ののし)られたようです。

 その真相を知った男性はお経を読む間、はらはらと泣いておられた。

「なぜ打ち明けてくれなかったのか。もう私も81歳。後を追って死にたい」と。

 30代の女性が泣きながら電話をかけてきたこともありました。父親がオレオレ詐欺で300万円の被害にあって自殺。実兄を名乗る男に会社倒産の話をされ、助けようと思ったんですね。実兄には、「バカだなぁ。確かめればよかったのに」と嘲笑(ちょうしょう)され、兄弟仲は悪化。次第に自分を責めるようになったといいます。

 父親の自殺後、娘の女性は仕事を辞め、認知症の母をひとりで介護。生活は困窮し、親子心中を決意した。

「どうしようもなく苦しい。母を殺して、私も死にたい」

 ここまで苦悩が連鎖する。犯人は人の命を奪う事態に発展しているなんて思いもしないのでしょう。

 ですが、同様の事件がたくさん起きている。詐欺にあったことすら言えない被害者もいる。

 これは“お金を持つことが幸せ”という価値基準をつくってしまった社会が生んだ犯罪でもある。つまり、社会を構成する私たちの連帯責任でもあるということ。どうか、“自己責任”だと一笑に付すようなことはしないでほしい。近所のおじいちゃんが被害にあっても、噂しないでほしいのです。責められるべきは加害者であり、被害者は温かく見守ってください。

 愛する孫や家族を助けようとしたおじいちゃんの気持ちに、まずは「ありがとう」と伝えることを忘れてはいませんか。


「自殺防止ネットワーク風」代表・篠原鋭一(しのはら・えいいち)さん ●千葉県成田市にある曹洞宗『長寿院』住職。’95年から自殺志願者を救済する活動を開始。寺院を開放し、24時間、自殺志願者からの電話相談を受ける