■「ありがとう」この言葉が気持ちいい人間関係を作る

 岸見さん自身も、感謝の気持ちによって親子関係が改善された経験があるという。

「私は父親とはかなり緊迫した関係でした。父親と会うときはなるべく息子にも一緒にいてもらうようにするなど、2人きりでいる状況を極力避けるようにしていたくらいです。

 そんな父親が認知症になり、介護しなければならない状況に直面しました。そのとき、父親が“ありがとう”と言うようになったのです。そういうことを言う人ではなかったので驚きました。

 食事を出したら“ありがとう”、食器を片づけたら“ありがとう”。その次に言うのは“ご飯はまだか?”でしたが(笑)。怒る必要はなく、“もう食べたよ”と教えると、“そうか”と答えてくれました。

 父親が感謝の気持ちを伝えてくれたことで、私の中にあった父親へのわだかまりが解け、穏やかな関係を築くことができました」

 “他人は変えられない”“子どもの課題に親は関係ない”。一見、人を冷たく突き放す印象があるアドラーの教え。だが、そこには“ありがとう”が人を変えるかもしれないという温かいメッセージも詰まっている。

取材・文/田中 潤 イラスト/シライ カズアキ