誰だって自分の子どもは愛おしい。だが子育てをしていれば、言うことをきかないわが子にイライラし、怒りの感情をぶつけてしまうこともあるだろう。そんなとき、つい子どもに暴力を振るってしまったら——?

 子どもの虐待事件が後を絶たない昨今、あえてデリケートなテーマに挑んだのが椰月美智子さんの新作小説『明日の食卓』だ。

すべてを経験した今となっては、ふざけるなと言いたい

やづき・みちこ 1970年、神奈川県生まれ。2002年、『十二歳』で第42回講談社児童文学新人賞を受賞してデビュー。『しずかな日々』で第45回野間児童文芸賞、第23回坪田譲治文学賞を受賞。著書に『フリン』『るり姉』『伶也と』『14歳の水平線』『その青の、その先の、』など。撮影/森田晃博

「今は“何があっても子どもに手を上げてはいけない”という世の中です。それどころか、“子どもは絶対に叱らず、褒めて育てなさい”と言われますよね。

 もちろん私もそうできたらと思いますが、現実に子どもを育てていると、とてもそうはいかない。私も小4と小2の息子を育てる母親ですが、男の子なんて制御不可能な生き物ですから、こちらもつい大声で怒鳴ったり、ときにはお尻を叩いたりしてしまう。

 でも、みなさんも口に出さないだけで、母親なら誰でも同じような経験があるはずです。そんな思いが、この小説を執筆するきっかけになりました」

 本作には、3人の母親が登場する。専業主婦として穏やかな日々を送るあすみ。出産後に減ってしまった仕事を何とか取り戻したいと奮闘するフリーライターの留美子。早朝から夜遅くまで複数のアルバイトをかけ持ちし、大黒柱として生活を支えるシングルマザーの加奈。そして彼女たちは全員“ユウ”という名の8歳の男の子を育てているという共通点がある。

「同じ名前と年齢の男の子を育てながら、タイプの異なる3つの家族を登場させることで、『どの家庭でも、いつ何が起こってもおかしくない』ということを描きたいと考えました。

 あすみは経済的に豊かな家庭の奥様で、息子も家ではとてもいい子。それに対し、離婚して女手ひとつで息子を育てる加奈は、いわゆる“貧困家庭”に近い経済状況ですが、彼女自身は一生懸命まじめに働くお母さんです。そして留美子には2人の息子がいますが、作中で書かれている騒がしい様子はわが家そのもの。普段はイライラさせられっぱなしなので、息子たちの暴れっぷりを小説に書くことができてスッキリしました(笑)」

 境遇は違っても、ささやかで幸せな毎日を送っていたはずの3組の親子。しかし、息子の思いがけない一面が発覚したり、夫婦関係がギクシャクし始めたことなどをきっかけに、母親たちは次第に苛立ちを募らせ、やがてその怒りは知らず知らずのうちに子どもへと向けられていく。

「もちろん私は、暴力を肯定するつもりはありません。でも、実の親による子どもの虐待事件をニュースなどで見聞きするたび、その背景を考えてしまうんです。加害者となった親はまるで鬼母のように報道されますが、私はどうしても“そこに至るまでに何があったんだろう”と想像してしまう。

 どんな母親も、最初は理想の子育てを思い描いていたはずです。私だって子どもが小さかったころは、育児書を読んでどんなふうに育てようかとあれこれ考えましたよ。『子どもが何をしても“そういうものだ”と思って大らかに受け入れなさい』なんて書いてあるから、当時は“私もそうしよう”と素直に納得していましたが、すべてを経験した今となっては、ふざけるなと言いたい(笑)。

 理想どおりになんていくわけがないのに、育児書にはそれが絶対に正しい答えであるかのように書かれている。だからそのとおりにならなかったとき、母親たちは苦しむんです」