おバカキャラ、将棋や釣りを愛する趣味人、子だくさんのイクメン。同級生への片想いから芸能界を志した少年は今、多彩な顔を持ち、幅広いジャンルで活躍を続けられる稀有な存在に。節目の年を迎えた記念に、下積み時代から大ブレイクの日々、今も変わらない夢を語ってもらった。
彼女の存在は僕の夢を育む原動力でした
「多感な小学生時代を過ごした大阪は、自分のベースをつくった街。うちはきょうだいが多くて母ちゃんも仕事が忙しかったから、子どもたちの面倒を見る余裕がなかったんでしょうね。僕も5人の子どもがいて、結果的に放任になっているからわかりました」
子どものころをそう振り返る、つるの剛士。芸能界入りのきっかけは小学2年生のときに遡るという。
「隣の席に座っていた女の子が、子役の女優さんだったんですよ。京都で時代劇に出ていたりして、仕事が忙しくてあまり登校していないのに、クラスではいつも話題になっていて。
その当時、僕は別の女の子に片想いをしていたんです。その子になんとか振り向いてほしくて必死。目立つためには、隣の席の子みたいに芸能界だ!と思って。その日からずっと芸能界を夢見て(笑)」
そんなつるの少年は、親の転勤で東京へ引っ越すことに。
「憧れの東京に行けるけど、好きな子と離れちゃうので複雑な気持ち。でも、友達に上京の自慢もしたかったので東京に着いてすぐ大阪の小学校へ手紙を書きました。学年で3クラスあったけど、彼女は違うクラス。自分のクラスにしか書かなかったら読んでもらえない。でもそのクラスにも書いたら、なんで1クラスだけ送ってないのかとなるから3クラスそれぞれに送りました。子どもながらも姑息な手段(笑)」
高校生になってもその子のことが忘れられず、手紙を送ったら返事が届いた。
「近々、東京に行くからお茶しようって。それから文通が始まり、写真を送ってくれたので当時のバンドメンバーに見せたら、“全然かわいくねえじゃん”って言われて。僕の中でガラガラガラッて気持ちが崩れて冷めちゃった。
彼女と東京ディズニーランドへ行く約束をして再会したとき、僕はとても一緒にいる気分になれなくて、入場するときに“ごめん、俺帰るわ”って言って帰ったんですよ。ひどい男ですよね」
ちなみに彼女とは一時、疎遠になるも、今ではライブに来てくれる関係だという。
「当時のことを話したら“つるちゃんが私への気持ちを言ってくれていたら、私もちゃんと考えたよ”って言われました。小学生の娘さんを連れて来たんですが、僕が好きだったころのその子に顔がそっくり! お母さんが本人なのに、僕が好きだった子が隣にいるという、不思議な感覚でした。彼女の存在は僕の夢を育む原動力でしたね」