余計なことをしゃべらせない法廷戦術だったのだろう。弁護側は被告が認知症であることを強調し、起訴内容を全面的に否認した。

 被告人質問が7月10日から始まった。まず主任弁護人が「弁護人の質問にはどうされますか?」と聞いた。

 千佐子被告は「お答えします」ときっぱり。

「あちらにいる検察官(検事)の質問には?」

「黙秘します」

「裁判官の質問には?」

「黙秘します」

 ところが、いざ検事が「ご体調は?」と尋ねると、黙秘するはずの千佐子被告は「いい(好調)です」と返答し、「私が殺しました。毒を飲ませました」と一気に起訴事実を認めてしまった。

 否認、黙秘作戦の弁護団はちゃぶ台をひっくり返されたかたちだ。

 公判を担当したのは人のよさそうな若い男性検事だった。捜査を担当したのも同じ検事だった。捜査段階では1日7時間近く取り調べることもある。捜査と公判は別々の検事が担当することも多いが、よほど千佐子被告の信頼を得ているのだろう。

 千佐子被告は男性検事を「先生」と呼び、

「そのことは先生に何べんも話してますやん」

 などと親しげに繰り返した。

 男性検事が「私を覚えている?」と尋ねたときは、「それ忘れたら違う病院に行かなあかん」と軽口を叩いた。

 本来、検事は被告を追い込む立場にある。この事件を判例に照らすと死刑判決が出てもおかしくない。しかし、千佐子被告に緊張感はなかった。

 殺害動機については、

「差別です。同和(部落差別問題)とかとは違いますよ」

 と切り出し、

「勇夫さんは前の女性には何千万円も渡してたのに私には全然くれなかった。いい人だけど差別され憎くて殺した」

 と話した。

 毒物の入手方法は、「Tシャツにプリントする工場を経営していたころ、出入り業者が失敗した印刷を消すため持ってきた毒物を保管していた」と洗いざらい告白。

 殺害方法については、「健康食品のカプセルに入れて飲ませた」と述べた。

 殺害目的に金があったことも隠さなかった。

「誰かて夫が死んだら遺産は奥さんのものになると考えるでしょ。先生(男性検事)の奥さんもそう思てはります」

 男性検事が勇夫さんに対する気持ちを尋ねると、

「申し訳ないが50パーセント」

 と答えた。