京都地裁、初公判では傍聴希望者が列を作った 撮影/粟野仁雄
京都地裁、初公判では傍聴希望者が列を作った 撮影/粟野仁雄
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 もはや殺人事件の審理とは思えない。井戸端会議程度の雰囲気だ。傍聴していた勇夫さんの妹は、平然と凶行を語る被告を見て涙を流した。

 ちゃぶ台返しについて後日、主任弁護人は「想定外ではない」と筆者に話したが、その表情は苦渋に満ちていた。

 法廷での千佐子被告の証言は、あまりにも自分に不利なことをペラペラしゃべるだけで、話が噛み合わないようなことはなかった。弁護側の請求で京都地裁が昨年実施した精神鑑定では、刑事責任能力と訴訟能力ともに「問題ない」とする結果が出ている。

 法廷では「軽度のアルツハイマー(認知症)」とされた精神鑑定の簡単な要約が示され、脳がやや萎縮したMRI画像が壁に映し出された。千佐子被告は弁護士の後ろで口元に手をやり、画像を黙って見つめていた。

 弁護側は、認知症のため訴訟に耐えられないとして「公判停止」を要求。検察側と真っ向対立している。無罪論が通らず、認知症の影響も認められなければ死刑の公算も高い。入退廷時には丁寧に一礼し、冷静だった千佐子被告は被告人質問でやや興奮ぎみに「この場で死刑になってもいい」と語ることもあった。

 プロ裁判官3人のうち裁判長と右陪席が女性。6人の裁判員で女性は5人。つまり9人中7人が女性のかたちで裁く。審理期間135日は裁判員裁判では過去2番目の長さだ。裁判員候補の多くが辞退する中、長期審理を受け入れた女性裁判員は素朴な質問を被告にぶつけた。

「いつごろから毒を飲ませようと思ったのですか」

「私の年ごろになると“いつごろ”と言われてもよく覚えていない」

 と千佐子被告。

 別の女性裁判員は、「当初から、お金目的で結婚したのですか」と聞いた。

 千佐子被告は、

「そんなことで相手を選ばない。“お金あるか”なんて聞かない。でも、借金まみれとかなら雰囲気でわかります」

 と、余計なひと言をつけ加えた。

 18日で勇夫さん事件については事実上、結審した。31日からは'12年3月に大阪府泉佐野市の喫茶店で千佐子被告と別れた直後にバイクで事故死し、体内から青酸化合物が検出された本田正徳さん(当時71)の事件が審理される。求刑は4事件の審理が終わった後。判決は11月の予定。弁護団を困惑させる法廷全面自供によって“後妻業裁判”は早くも山場を迎えた。

(取材・文 ジャーナリスト・粟野仁雄)


粟野仁雄(あわの・まさお)◎1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。元共同通信記者で社会問題を中心に月刊誌、週刊誌などに執筆。著書は『瓦礫の中の群像―阪神大震災』『「この人、痴漢!」と言われたら』など