豊は、たいてい妻に対する不満を口にした。

奥さんとは、友達同士のような感じで結婚したらしく、今では寝る部屋も別みたいで、典型的なセックスレス。子どもが生まれて以降は、夜の生活は全くないみたいで、今のお子さんが9歳くらいだから9年間(!)。奥さんが露骨にセックスを避けるようになったらしくて、表には出さないけどかなり傷付いているみたいです。ただ、子供は可愛いから、別れることはできないって。それはずっと前から言っていますね。彼がいる部屋にエアコンないらしくて、それを設置する、しないでモメてるぐらいで。これは本当に家庭内別居かなと」

 落としたいと思っていたときは、さほど心が揺れなかった理沙――。

 子供を愛する豊の気持ちは分かる。だから、彼にバツをつけたくはないし、つけさせるつもりもない。それは再三話し合ってきたつもりだ。しかし今は正直なところ、その抑え込んだはずの恋心が、日に日に膨れ上がって揺れ動いている。

昔は彼の結婚生活に破局は望んでなかったんですが、今は、奥さんと離婚すればいいのにと内心では思っています。でも、彼にとっては、子供が一番可愛いのはすごくよくわかる。“じゃあ、奥さんが浮気してたらどう思う?”とか、“奥さんから離婚を切り出してこられたらどう思う?”とかよく聞くんですけど、それなら離婚するよと言ってくれる。嘘をつくような人じゃないですし、私は信じたい。だけど、やっぱりもっともっと会いたいと言って、結構困らせたりしちゃうんです。もう少し考えてよと言われるんですけど。

 普通の恋人同士だと会えているのに、不倫だと一緒にいる時間も限られるし、はっきり言って不満。普通じゃない関係だから仕方ないんだと思うんですけど、どうしても割り切れない思いがあるんですよね。それが本当につらいんです」

豊の存在は「心のライフライン」

 常に誰かとつながっていないと不安になる理沙にとって、性的なものを含めた豊との関係性が1つの「救い」になっていることは間違いないだろう。「心のライフライン」と言ってもいいかもしれない。しかし、依存傾向が暴走して相手の家庭を壊すことになれば、その大事な「救い」「心のライフライン」をも台なしにしてしまうかもしれず、そのような事態になれば理沙も正気ではいられないだろう。それは、今後の理沙の行動にかかっている。

 インタビューを終え、スマホを鞄に戻す理沙の横顔をみながら、この後、彼女が行くと言っていた地元の祭りで、どんな振る舞いに出るのかを想像した。彼女は、祭りに来ているだろうという、楽しく笑い合う豊の家族を初めて見たとき、どんな顔をするのだろうか。案外平常心でいられるのだろうか……。

 理沙は、落ち着かなそうに、はにかみながらつぶやいた。

きっと、奥さんを見ても、子供を見ても、心は動かないって自信はあるんです。奥さんを見つけたら、“同じ会社でお世話になってます”ってそれだけ言おうかなと(笑)。彼にちゃんと紹介してもらうつもりです。なんだったら、“お子さんの顔を毎日見てます。父親譲りのハンサムな子ですね”ってサラッと言ってみたり(笑)。いざとなると、何が起こるのか予想ができないですね。感情が揺れたりはないと思うんですけどね、多分……」

 池袋駅の人ごみに消えていく理沙のシルエットを追いながら、セックスレスで冷え切った家族のその後に、ついつい思いを馳せてしまった。


<著者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。