救世主は田舎の親戚たち!

 新しい漫画を描くたびに、作風や絵のスタイルを変えてきたふさこ。そのたびに賛否両論を呼んできたが、本人は、

「変わることに対して読者は敏感です。私だって好きな作家の新作が始まった途端に全然違う感じになったら、何これって言って離れちゃいますから、とてもよくわかるんです。それでも1回やってしまったことを、もう1回、温め直してやり直すのは、どうしても気が進みません」 

──漫画も一期一会。

 中でも『天然コケッコー』は異色中の異色。連載開始直後、読者からも驚きの声が寄せられた。

「連載する雑誌が『別マ』から『コーラス』に変わったことで、気分も新たにゆっくりいくぞ、と思って連載を始めました」

『天然コケッコー』は、海に近い小さな村・木村に暮らす中学生の右田そよと、東京から来た転校生・大沢広海の恋愛を軸に彼らが中学生から高校生へ成長していく過程を描いた物語。実は、この架空の街・木村は、ふさこの母の故郷・島根県の浜田市である。

『天然コケッコー』の舞台となった島根県浜田市の田園風景
『天然コケッコー』の舞台となった島根県浜田市の田園風景
【写真】くらもちさんの幼少期、学生時代、貴重な原画など(全8枚)

「子どものころから高校生になるくらいまで、毎年夏休みには母の田舎に行っていたんです。東京で忙しい毎日を過ごしながら、妙にあの田舎の夏の雰囲気が忘れられませんでした。それで、長期連載を始めるにあたって、田舎に帰ってみたんです。祖母や近所の人たちに会って挨拶をしているうちに、気持ちがどんどん膨らんできて“ああ、私これ描いていいんだ”って改めて思う瞬間がありました」

 この作品の中には、ふさこの親戚たちもモデルとして登場している。

「作品を描くにあたって、親戚一同が集まり取材に協力してくれました。特に2人の叔父は医師で、蝶(ちょう)を愛好しているので、故郷の絶景ポイントをたくさん写真に撮って送ってくれて、とても助かりました。田舎の方はキャラが濃い。どのキャラを主人公にしても物語が浮かびましたよ」

『天然コケッコー』では親戚が集まって取材に協力してくれた。後列中央がくらもちさん
『天然コケッコー』では親戚が集まって取材に協力してくれた。後列中央がくらもちさん

 自分のルーツでもある父母の生まれ故郷を舞台に血の通った作品を描くことで、ふさこ自身の心と身体にも変化が訪れた。

「決してドラマチックな物語ではありませんが、キャラの濃い人たちの群像劇を1話描き終えるごとに、状態がよくなっていくのがわかりました」

 全編セリフなしで展開する回や全編猫の視点で描かれる回などは“神回“として読者の間では語り継がれている。

 連載は7年にわたった。これはふさこの作品の中で、最も長いもの。’96年には同作で「第20回講談社マンガ賞」を受賞。そして2007年、女優・夏帆主演で映画化されるなど、ふさこにとっては記念すべき作品となった。

 しかし、ふさこの飽くなき挑戦に終わりはなかった。