最新作に込めた熱いメッセージ

 2010年、『駅から5分』の連載を終わらせていなかったふさこは、ある賭けに出る。

『駅から5分』に登場する圓城陽大というミステリアスなキャラクターを主人公に据えた作品『花に染む』の執筆を開始したのだ。実は、このタイトルには深い意味がある。

「舞台となる街・花染町という名前を考えたとき、その名前が実在するか検索したところ『花に染む』という西行法師の和歌を偶然見つけました」

花に染む心のいかで残りけむ

捨て果ててきと思ふわが身に

「23歳で武士を捨て漂泊の人生を歩んだ西行と、不審火の火事によって両親と兄を失い生まれ育った街を離れる陽大の生き方が重なったとき、私は鳥肌が立ったことを覚えています」

 しかもこの物語にはもうひとつ、ふさこの熱いメッセージが込められていた。

「『花に染む』を直接描きたいと思ったきっかけになったのは偶然、テレビで見た無差別殺人です。“人を殺してみたかった”と告白する犯人の声を聞き、私は愕然(がくぜん)としました。相手が一体どんな人生を生きてきたのか考えもせず殺人を犯すことへの怒りがこの物語を描かせたといっても過言ではありません」

 そして、その思いが2016年『花に染む』が完結したすぐ後、『駅から5分last episode』として実を結ぶ。

「この2作を書き終えると精も根も尽き果てたと言って先生はいったんペンをおかれました。でも、先生は感情を揺さぶられるような出来事が起きると、描かずにはいられません。

 去年、『花に染む』で第21回手塚治虫文化賞も受賞され喜びもひとしお。再び泉が満ちるのを静かに待ちたいと思います」(前出・北方さん)

昨年、第21回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した『花に染む』の原画。くらもちさん自身も弓道場に通って腕を磨いた 撮影/近藤陽介
昨年、第21回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した『花に染む』の原画。くらもちさん自身も弓道場に通って腕を磨いた 撮影/近藤陽介
【写真】くらもちさんの幼少期、学生時代、貴重な原画など(全8枚)

 漫画家として、もっとも重みのある賞を受賞したふさこ自身も次回作へ思いを馳(は)せる。

「例えば、外国を舞台にした物語やSFなど1回、頭を真っ白にして、それは無理でしょ、といったものをやってみたい。まだ筆を折るつもりはありませんよ」

 漫画を描き続けてもうすぐ半世紀。ふさこの心に宿る漫画魂は、今も消えずに燃え続けている。何があっても、すべてあのときのときめきから始まっていることを、忘れるものか……。

(取材・文/島右近)

しま・うこん◎放送作家、映像プロデューサー。文化、スポーツをはじめ幅広いジャンルで取材・文筆活動を続けてきた。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、『家康は関ヶ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓。神奈川県葉山町在住。