都庁舎と駅西口とを結ぶ通路には多数のホームレスがいたが、1996年、動く歩道設置に伴う青島幸男元知事の“ダンボールハウス強制排除”などによって姿を消している。それでも都庁第1庁舎に近いガード下では4人が生活していた。

 60代の男性は、

「以前は新宿区立中央公園でテント暮らしをしていたけど5年前から規制が強化され、いまはみんなバラバラになってしまった。ここも東京マラソンなどのイベントがあるときは移動しなきゃいけないし、厳しくなってきたね

 栃木県出身で小柄な出井忠明さん(69・仮名)は、

「長年、パチンコ店に住み込みで働いていたけど、55歳でクビになってホームレスになった。最初は西池袋公園にいて、次に新宿中央公園のそばで暮らすようになったの。公園内には100人以上いたけど、上下関係やしきたりがあったので、ひとりのほうが気楽でいいやと思ってね

 と振り返る。

都庁近くで暮らす出井さん(仮名)

 ホームレスになっても人間関係で縛られるのは性分に合わなかったようだ。しかし、昼間はここにはいないという。

「特に今年の夏は気温35度を超える日が多かったので、たまんなくてね。1時間前後、歩けば図書館が3つぐらいあるから、そこで本を読んでいるふりをしていました」

 と出井さん。

 近隣でほぼ毎日のように炊き出しがあるため、食事はそれですます。小遣い稼ぎはほとんどしないという。

「きょうだいは4人いますが生きてるのかわかりません。楽しみはないけれど、かといって寂しさもないですよ。ただ、以前に肺炎を患ったし、このところ、やや栄養失調ぎみで右ひざも悪い。だから、五輪のころはここにはいないでしょう。生活保護を受けているんじゃないですか」

 と他人事のように語った。

貯金して2年後はここを脱出したい

 第1庁舎と第2庁舎の間にある歩道は、雨露をしのげるため、夜になると約15張りのテントが出現する。中から出てきた50代男性は、

「山谷の職安にときどき通っています。ヨットハーバーのゴミ拾いもやっている。いま貯金をしているので、2年後には宿を見つけて、ここを脱出していたい

 と力強く言った。

 都庁と目と鼻の先にある新宿中央公園に足を向けた。かつては新宿を代表する一大ホームレスの拠点でテントがひしめきあっていた。だが、5年前に事態が一変した。

 同公園の管理事務所は、

「新宿区から、一般財団法人や民間企業などに管理を委託して、それから少しずつルールづくりをして、ホームレスの方と話し合いを進めてきました。もちろん、抵抗もありましたが、同時に区と協力して生活保護受給をすすめていくなどして、いまの公園の姿になったわけです」と説明する。

 テントはゼロ。ここは都内でも有数の猫が捨てられる場所だったが、その野良猫すらいなくなっていた。

新宿中央公園から都庁を仰ぐ。ホームレスは姿を消した

「都政のお膝(ひざ)元からホームレスを一掃したい思惑があったと聞いています。だけど、火事など物騒なことはなかったし、みなさん身なりはきれいで、身辺も掃除していたので、そんなに汚くも臭くもなかったんです。要は見た目の問題でしょうが、私は臭いものにフタをするようなやり方は好きじゃない」と近所の商店の女性は言った。