「りえちゃんが嫌がるとか、考えもしないんですよ。彼女もママの言うことが絶対で、逆らうこともしなかったようです。嘘か誠かわかりませんがその昔、仕事で海外のホテルにビートたけしと宿泊中、突然、りえちゃんが『ママに言われて来た』とたけしの部屋を訪れてたようなんです。

 たけしは『早く寝なさい』と、慌てて部屋に返したという話が出回っていました。もし本当だったら、娘に枕営業を仕向けるなんてママは相当、強烈なキャラクターですよ」(前出・芸能事務所関係者)

 そんな宮沢りえも、写真集発売翌年に当時の貴花田(現・貴乃花)と婚約するも破局。彼女の言動は、次々とファンを心配させた。

「仕事でどんなことがあっても、ママの言うとおりにしてきたりえちゃんが、唯一、ママに“(貴と)絶対に別れたくない”と逆らったと聞きました。

 ママなら何とかしてくれると思っていたのに、信じていたママはおかみさんとまともに話ができないまま時間だけが過ぎ、貴はおかみさんの指示通り、一方的に破局を発表してしまったのです。それ以来、りえちゃんは心身のバランスを崩し、不安定な時期がありました」(当時の藤島部屋関係者) 

 その後、故・中村勘九郎さんとの不倫報道に自殺未遂騒動。市川海老蔵やDA PUMPのISSA、中田英寿など、数多くの恋愛話が浮上したが、2009年2月に「私の大きな夢でもあった赤ちゃんを授かりました」とマスコミ各社に報告。妊娠6か月であることを発表した。

「お相手はハワイ在住の実業家でした。関係がギクシャクしていたママも“彼女がやっと女としての喜びに出会えた出来事と、心から喜んでおります”とコメントして、祝福しました。でも、りえは離婚し、ママは14年に肝腫瘍で亡くなりました」(前出・芸能事務所関係者)

 そんな宮沢りえは、現在V6の森田剛と再婚し、幸せな家庭を築いているのは周知の事実。

 あのとき、人気絶頂の中で、当時の貴花田と宮沢りえがスムーズに結婚をしていたら、一体どんな人生になっていたのか。どうであれ、30年経っても騒がれ続けている存在であったことは間違いないだろう。

<取材・文/宮崎浩>