「学校から近い秋葉原の駅前でたまたま喫茶店のアルバイトを始めたんです。そこで働くうちに仕事に惚れてしまった。身体を動かして働いてお金をもらえることがすごくフェアに感じました。仕事というと教師しか知らなかった自分が、仕事をした対価として相応のお金をもらっていいんだという“商売”と巡りあったわけなんです」

 そうだ、会社を作ろう─。まだ20歳だった山本さんはそう決心。必死になってさまざまな仕事を経験しながら、せっせと資本金を貯めようと働いた。

 アルバイト生活だったが、同じ音楽の趣味を持つ大学生と交際し、24歳で結婚。文京区白山に2人でマンションを借りて住んだ。

やっと巡ってきたチャンス

 自宅を事務所がわりに起業し、ピアニストやバンド、ボーカルなどミュージシャンの人材を派遣する仕事をするようになっていた。

ホームセンターなどに出向き移動車で譲渡会を行うこともある
ホームセンターなどに出向き移動車で譲渡会を行うこともある
【写真多数】保護猫カフェにいる可愛い猫たちと癒されるお客さん他

 小学校の同級生で当時、会社を手伝っていた池田淳さん(58)はこう話す。

昔はおとなしくて習字の上手な子という印象だった彼女が、再会したときには社長になっていて驚きました。音楽の仕事でもネット映像配信などのアイデアをたくさん持っていて、新しいものを見る目がすごいなぁと思ってました。保護ブームも彼女が作ったようなものですからね」

 '91年、山本さん夫婦は目白の一軒家に転居する。これが、山本さんが再び動物と関わりを持つきっかけとなった。

 ある日、通りがかった近所の犬の個人ブリーダーの店先で小型犬のポメラニアンと目が合ってしまう。

「一瞬で“かわいそう!”と思っちゃった。たくさんいたから全部買いたいくらいだったけど、そういうわけにはいかず、16万円と18万円の2匹を連れ帰りました」

 山本さんの脳裏には、封印していた小学生時代のコリーの子犬たちの姿が蘇っていた。

 団地、マンションならばペット不可だが、一戸建てだったらペットが飼える。やっとチャンスが巡ってきたのだ。

 しかしこの直後、夫と別居。山本さんはペット可のマンションを購入した。

「夫のことを嫌いになったわけじゃなくて、好きすぎて、かまってくれないから気を引きたくて決めた別居でした。追いかけてくれるのを期待してたのですが……」

 しかし、そのまま'93年に離婚。山本さんが犬と同居しつつ、多忙を極める日々を送っていたある日のこと。

「2匹のをもらってください」という貼り紙に吸い寄せられ、気づけばその兄弟を引き取っていた。

とも同居を始めたら、思った以上に魅力的で伴侶と呼ぶにふさわしい動物でびっくり。そしてにのめり込んでしまったんです」