『ありがとう。ママはもう大丈夫だよ ― 泣いて、泣いて、笑って笑った873日』の著者・武藤あずささんは、普通の母親として次男を出産。しかし突然、わが子の余命宣告を受けます。最愛の息子との限られた時間を、どう幸せに生きるか。苦しみながらも、たどり着いた先に見えたのは「言葉のチカラ」でした。生きる意味を教えてくれた、ある家族の物語――。

「明日がヤマかもしれません……」

 まだ1歳7か月の息子・優司の人生が、明日で終わってしまうかもしれない。お腹を痛めて産んだわが子が、自分よりもずっと早くこの世からいなくなってしまう。この子がいなくなったら生きていけない。私は強烈な絶望感に目の前が真っ暗になりました。

 でも、誤解を恐れずに伝えたいことがあります。

「息子が私の腕の中で息を引き取ったとき……私は幸せでした」

息子との時間で気づけたこと

 わが家は私、夫、長男、次男の4人家族。次男は生後1か月で肝臓に疾患が見つかり、世田谷区にある国立成育医療研究センターに入院していました。その後、私の肝臓を移植する生体肝臓移植をおこない、なんとか一命をとりとめたのですが、今度は原因不明の肺の病気にかかり、自力で呼吸ができないため、人工呼吸器をつけることになってしまいました。

 1度は在宅看護をするまでに回復したのですが、運命は残酷なもので、徐々に肺の機能は悪化し、同病院のICU(集中治療室)に再入院。そして、とうてい受け入れることのできない冒頭の余命宣告をされてしまったのです。

「私に何ができる? 息子が助かるのなら何でもする! 自分の命と引き換えでもかまわない。私はいったいどうしたらいいのか誰か教えて!」

 ベッドに横たわる小さな息子を前に、私の心はもう、いっぱいいっぱいでした。しかし、最愛の夫が大切なことを気づかせてくれたのです。

人は変えられない、変えられるのは自分だけ

 それまでの私は「どうして自分だけがこんなにつらいの!?」と否定的で、周りの人々にも不平不満ばかりを漏らしていました。

 でも、病気の息子は変えられない、この状況も変えられない。だからこそ、自分が変わらなければならないと、強く思ったのです。

 そのときの私は、否定的な自分を変えるために、愚痴や泣きごとのような“地獄言葉”を使うことをやめ、どんなにつらくても「楽しい、幸せ、ありがとう」のような、誰が聞いても気持ちが明るくなる“天国言葉”を使い続けました。

 すべての物事を肯定的に受け止め、大切な今日1日を息子と心から楽しめるように「明日まで生きられないかもしれない」ではなく、「今日も生きている。ありがたい」と。

 それからの私は、病状がどんなに悪くても「今日も元気だね! 顔色がいいね!」と夫とともに語り続けました。

 そして、よい言葉だけを語り続けていると、信じられない奇跡が起こったのです。