想像を大きく超えた香取慎吾

 そしてそのうえで、話題を最新作の映画『凪待ち』に戻します。

 あの『沙粧妙子-最後の事件-』での名演から、24年が経過しようとしていた2019年夏。SMAPの解散、そして人生の再出発を経験した後に、香取さんが出会ったのが、今回の主演映画『凪待ち』でした。

映画『凪待ち』慎吾ちゃんではなく、俳優・香取慎吾の表情に注目
映画『凪待ち』慎吾ちゃんではなく、俳優・香取慎吾の表情に注目
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『凪待ち』は『孤狼の血』や『凶悪』など、激しいバイオレンス描写で知られる白石和彌監督がメガホンを取った作品です。そして香取さんが演じた主人公・木野本郁男も、その日その日を刹那的に生きる、重度のギャンブル依存症の男。

 郁男は無精ひげが目立ち、他人と不必要に関わろうとせず、笑顔もほとんど見せません。しかも日常の再構築を望んだ矢先に愛する恋人を突然失ったことで、かつてない後悔と絶望に打ちのめされ、次第に彼は激しい暴力もためらわなくなるほど、もがき苦しんでいきます。

 その堕落的で、厭世(えんせい)的で、なのにどこか見捨てることのできない血の通った人間像は、「キャラものばかりを演じてきたあの慎吾ちゃんの新境地」ではなく、むしろ24年前にその片鱗(へんりん)を見せていた「俳優・香取慎吾の才能の正当進化」、その姿であったような気がするのです。

 かつて俳優・香取慎吾の演技に大きな夢を重ねてしまったファンとしては、彼が国民的アイドルとして必死に走り続ける日々の中で、その夢を見たいと願うことすら、もう長年すっかり諦めていました。

 しかし『凪待ち』には、あのころの私が見たかった24年後の俳優・香取慎吾が、想像を大きく越える形で確かに存在していたように思います。

 それこそ直前の舞台挨拶で確かに優しい笑みを見せていたはずのアイドル・香取慎吾が、思わずすべて吹っ飛んでしまうくらいに。

 バックボーンに東日本大震災からの月日も重ねられている、喪失と再生のヒューマンドラマ『凪待ち』。そしてそこにある名演は、ぜひ劇場の大きなスクリーンで、堪能することをおすすめします。

映画『凪待ち』2019年6月28日(金)公開 配給/キノ・フィルム
http://nagimachi.com/


乗田綾子(のりた・あやこ)◎フリーライター。1983年生まれ。神奈川県横浜市出身、15歳から北海道に移住。筆名・小娘で、2012年にブログ『小娘のつれづれ』をスタートし、アイドルや音楽を中心に執筆。現在はフリーライターとして著書『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)を出版しているほか、雑誌『月刊エンタメ』『EX大衆』『CDジャーナル』などでも執筆。Twitter/ @drifter_2181