持ち前の行動力はソウルのガイドブック作りにとどまらない。'95年の阪神・淡路大震災の際には被災地支援に乗り出し、神戸・長田神社前商店街の老舗のお店のパンフレットを作って復興の手助けにも貢献した
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夢で出会った青年

 1991年7月末、黒田は不思議な夢を見た。

 南の島と思しき渚。そこでひとりの青年が近づいてきた。半袖の開襟シャツにズボン姿。見上げるように背が高い。色黒の肌に白い歯を見せながら青年は黒田に話しかけた。

「僕はここで死んだんです、飛行機乗りでした、天皇陛下の御為に死んだことに悔いはないんですが、ただひとつ残念なことは、朝鮮人だったのに、日本人として“日本名”で死んだことなんです」

 屈託のない笑顔でそう告げたのだと言う。

「青年の言葉が強烈に心に残ったんです。私は金縛りにすらあったこともなく、霊感なんてまったくない。だからこそ、あの夢は“ただごとじゃない”と思えた。あの世からの遺言だとしたら、とても捨て置くことはできなかった」

 1910年(明治43年)に公布施行された「韓国併合に関する条約」に基づき大日本帝国は大韓帝国を併合して支配下に置いた。日本による統治は、1945年9月9日まで35年間続いた。そのために戦時中には多くの朝鮮人が日本兵、または軍属となった。そして、2万2182人が戦争の犠牲者となっていた。

 8月15日は、日本では終戦記念日だが、韓国では「光復節」という祝日である。「光復」とは、「奪われた主権を取り戻す」という意味の込められた、「朝鮮が日本の植民地統治から脱し自主独立を取り戻した事件」と定義される。

(夢に出てきた青年は実在したのかもしれない─)

 黒田は、靖國神社を訪ね、青年のために冥福を祈った。

「日本人としてすまないと思いながら、白いコスモスの花束をそっと置いて手を合わせました。もしかしたら、夢の青年が現れるんじゃないかと思いながら。もちろん、何も起こりませんでしたけれど」

 4年後、黒田は新聞の随筆に「青年のこと」を書いた。すると、靖國神社から「お会いしたい」と連絡が入る。

「神官の方が私を遊就館に案内してくださり、そこに掲げられたある遺影を指して、“夢に現れたのはこの方ではありませんか?”と聞いてきたんです。写真には飛行服姿の青年がいました。そうだと思えばそう見えるし、そうでない気もして……」

 写真の人物は、朝鮮人特攻兵として沖縄洋上に散った、光山文博こと卓庚鉉という人だった。

 黒田は特攻隊について調べ始めた。すると、関連する本にはたびたび「光山文博」の名が登場した。夢の青年は光山さんではないか、そう思えるようになっていた。