前橋市高齢者連続殺人事件の犯人
土屋和也死刑囚

 7月末、その日は東京で梅雨明けが発表されていた。

 私は、ある死刑囚と5か月ぶりの面会を果たすため、葛飾区の小菅駅を降り、東京拘置所へ向かった。窓口で面会の申請をすませ、手荷物をすべて預け、金属探知機を通り抜けてからエレベーターで10階まで上がる。そこで、ようやく係の者から面会室まで案内されるのだ。

 面会室は番号づけされており、私は“1番”の小部屋に案内された。3~4畳ほどの面会室の真ん中には遮蔽板があり、面会人と死刑囚の間が仕切られる。椅子は向かい合わせに3つずつ並べられており、死刑囚側には刑務官が会話のメモをとるための机が設置されている。

 自分の呼吸音が雑音に思えるほど、薄暗い室内は静まり返っていた。ここで死刑囚と対面することになるのだが、死刑囚が現れるまでの数十秒、なぜかいつも息が短くなり、胸の鼓動がはやくなっていくのを感じる。そのたびに深く息をつき、唇をぎゅっと結ぶ。そうやって、死刑囚を迎え入れるまでの時を過ごしている。

 まもなくして、刑務官に連れられた男が入室してきた。グレーのTシャツに短パン、青い靴下にサンダル姿の男は、私の顔を確認すると軽く会釈し、無言のまま着席した。

 ガラス越しに着席した彼の名は、土屋和也死刑囚。

 2014年11月に高齢者1名、続いて12月に高齢夫婦を殺傷したとして、強盗殺人などの罪に問われ、一審・二審ともに死刑判決を下された、いわゆる《前橋市高齢者連続殺人事件》の犯人である。土屋死刑囚は上告しており、現在は未決死刑囚として東京拘置所に収容されている。私は土屋死刑囚と2017年末から文通を始め、翌年5月に面会を果たし、今も取材を続けている。

生まれたときから凶悪で残忍か

 私が土屋死刑囚と文通をしはじめてから1年半以上がたつ。面会室で「はじめまして」と言葉を交わして以降、そのころからは想像できないほど、現在の彼は罪の意識を口にできるようになっていた。私からの質問にも、間をおかずに答えられるようになり、彼から質問を投げかけてきたり、話題を持ちかけてきたりするようになった。口数もかなり増えてきた。ここまで読んだところで、みなさんは「なぜ普通の会話ができないのか」と思うかもしれない。

 死刑囚には面会人を除き、“話し相手”がいないため、会話をする機会が格段と減ってしまう。「会話をする」ということが日常からはぎ取られてしまうのだ。そのせいか、受け答えが上手にできなくなっていくことがある。刑務官が食事の配膳や見回りなどの世話役として配置されてはいるが、そこにたわいのない会話など、ほとんどないという。独房でただひとり、「迫り来る死」を待ち続ける日々を過ごすのだ。

 それだけでなく、土屋死刑囚に関しては逮捕されるまでの26年、周りの人間との関わりがほぼ皆無だったそうだ。彼を知る者が口をそろえて「彼に親しい友人などいなかった」という証言は、彼の人間関係の希薄さを表しているといえる。そのせいか、彼にとって誰かと言葉を交わすという行為は、簡単といいきれるものではないようだ。

 20分の面会時間。この短い時間で、最近の出来事や、裁判の経過、今の心境などを聞く。目的もなく、ただとりとめもない話をして終わる日もあったが、それが時間の無駄だとは思わなかった。ただただ執拗に通うことで、そのうち彼に潜む凶悪な内面をめくり返せるのではないかと、どこかで思っていたからだ。

 彼に備わっているはずの“凶悪さ”が殺人を仕向けたのならば、その凶悪さとはなにか知りたかった。しかし、10回以上に及ぶ面会の中で、一度も彼の凶悪さを見たことがなければ、それらしい“におい”すらしなかった。それだけでなく、会話の中でごくたまに表情が緩む瞬間を見たときがあったほどであった。

 彼の誕生日に、メッセージを添えた手紙を送ったときには、「これまで誕生日なんて期待したこともなかったけど、素直にうれしかったです。ありがとうございます」と、一度だけ笑顔を見せたときもあったのだ。

 限られた面会時間の中で、会話の節々にみる彼は、確かに許されない残忍な殺人を犯してしまった死刑囚であるが、生身の人間でもある。こちらが勝手に、目の前の彼を都合よく“私とは違う”と決めつけて、凶悪だと思い込んでいたのかもしれない。

 信じられないかもしれないが、私の目に映る彼は、「謙虚で小心者」という言葉以外に、彼を表す言葉が見当たらないほどだったのだ。メディアが見せる『残忍で凶悪な死刑囚』という、これまで積み上がってきた先入観というものが、一気に崩されたような感覚に何度も陥った。

「謙虚で小心者」。この画が自分でも信じられず、夢でなく現実と受けいれることに時間を要した。誤解を恐れずにいうならば、彼には凶悪であってほしかったのだ。「死刑は当然の罰だ」と、私は強い声に頼りたかったのだろう。

土屋死刑囚に送ったバースデーメッセージカード