加害者の足跡をめぐる旅

 面会を重ねるうち、土屋死刑囚にも変化が見えてくる。私が面会交流を始めたころは、ほかに面会に来る者などほとんどいなかったそうだ。

 彼は当初、常に淡々とした口調で、表情も乏しく、自らの過去を自嘲し、過ちに向き合おうとする様子もうかがえず、吐き捨てるように言葉を放っていた。言葉が見つからないときは、決まって頭をかきむしる仕草を見せた。生が失われたような目、青ざめた顔。それはとても直視できるものではなかった。

私「外、すっごく暑いですよ
彼「あぁ……部屋(独房)からは天気もわからないんで……
私「窓ってないんですか?
彼「あるけど、透明ではないし、高いところにあるからないようなものっすね……

 何か嫌なことを聞いてしまっただろうかと心配になるほど、彼の声はどんどん小さく語尾はほとんど聞きとれなくなっていく。外のことなどに興味はないのだろうか。それとも私を警戒しているのだろうか。交流し始めた当初は、彼の心の扉は固く閉められていて、「ドアノブにさえ触れさせてもらえない」ほどだった。冷淡な要素が彼のほとんどを占めているのだと思わざるをえなかった。別の日の会話では、

私「気分はどうですか?
彼「……。特に……。なんというか、色がないというか……
私「“色が無い”って?
彼「……。

 答えられないことがあると、さらに下を向き、黙り込んでしまう。こうなると、こちらが質問を変えるほかなかった。核心に迫ろうとするたび、目をそらし、頭をかきむしり、なにも発せなくなる。これが彼の決まった手順になりつつあった。

 だがここ数か月、何らかのご縁で、何人かが不定期に面会に来るのだという。「(筆者の)ブログをみて面会に来たという人がいました」という報告も、今では珍しくなくなった。このころからだろうか、何を質問しても動じなくなった。彼の乏しい言葉の中から、どうにか伝えようとする姿勢が伝わってくるようになったのだ。

 遮蔽板を介した面会室の中で、私以外の人間とのふれあいが彼に何らかの変化をもたらしたのかもしれない。

 同時にふと思ったのは、「もしもこのような人との関わりが彼の日常にあったならば、彼の人生は大きく変わっていたのかもしれない」と。人のぬくもりというものが、犯罪を防ぐ唯一の特効薬なのではないかと思わずにはいられなかった。

 目の前の彼は、最初から凶悪だったのだろうか。なぜ、人を殺めてしまったのだろうか。誰が、何が、彼を凶悪にしたのか。そうした疑問が心の底から沸々とわいてくるのだった。

 彼を殺人者に仕立てあげたのはいったい何か。その理由を突き止めるには、彼の生い立ち、事件の詳細を知ることが必要だと思った。次第に彼の人生の足跡をたどろうと、彼を取り巻いた人々に会い、事件の詳細をイチから追っていくことにした。

 のちの連載で、詳細は綴っていくことにするが、事件背景を追ううちに浮かび上がってきたのは、土屋死刑囚の“孤独”と“貧困”だ。彼の人生背景に潜むこれらが、現代社会の若者が抱える問題と重なりすぎているからか、土屋和也という人間が、“特別な事情を抱えた誰か”ではなく、“もしかしたら私の周りにもいるかもしれないあなた”かもしれないという、嫌な予感をそのまま放ってはおけなかった。

『なぜ、犯罪をおかしてしまったのか──』。この問いの裏には、これ以上被害者も加害者も生まないための教訓が、きっと隠されている。

《ガラス越しの死刑囚》殺人事件の背景にあった、彼の孤独と貧困【第2回目】
(※第2回目は2019年9月29日 19時30分配信)

PROFILE
●河内千鶴(かわち・ちづる)●ライター。永山子ども基金、TOKYO1351メンバー。 これまでに地球5周、世界50か国以上を旅しながら、さまざまな社会問題を目のあたりにする。2013年から死刑囚の取材を始め、発信を続ける。連載に『死刑囚からの手紙』週刊金曜日。