母国の子どもの居場所も守りたい

 来日して2年後、日本での生活が落ち着き、初めてガーナに帰省した。それ以来、ほぼ毎年帰っている。親孝行をしたいと、18年前には実家を建て替えた

母国ガーナに建設予定の学校敷地内では、ブロックを積み上げる作業が進む。定期的に帰国し、現地の養護施設などにも足を運ぶ
母国ガーナに建設予定の学校敷地内では、ブロックを積み上げる作業が進む。定期的に帰国し、現地の養護施設などにも足を運ぶ
【写真】子ども食堂のようす&ガーナに建設中の学校

日本に行って、たくましくなったね

 末息子をいつまでも子ども扱いする母親に、ほめてもらったとトニーさんはうれしそうだ。

 2・5ヘクタールの土地も買った。母国でよく見かけるストリートチルドレンや貧しくて学校に行けない子どもたちのため、学校を建てたいと考えている。孤児や障がいをもった子も過ごせるよう養護施設を兼ね備えた学校だ

 子どもたちには勉強を教えるだけでなく、好きなことを大切にし、得意なことを伸ばす教育をしたい。問題を根本的に解決するため、教育に対する親の意識を改革したり、コミュニティーの交流の中心になるような場にする目標も持っている

 ガーナに帰るたびにブロックを買って塀を作り整備を進めていたが、子ども食堂を始めて多忙になり、なかなか進んでいない。

「中途半端は意味がないでしょう。子ども食堂も続けていくことが大事だけど大変。ボランティアの人たちも心配して助成金とか教えてくれて。

 いろいろ申請したいけど、いっぱいいっぱいで書類を書く人がいないの。ガーナの学校プロジェクトのための寄付も集めたいし、スポンサーを見つけたい。

 目の前に助けないといけない人がいたら、自分が忙しくても、少しの時間でも使って助けないと。本当にね、いいことだと思ったら、みなさん、力を貸してください!

 そこがアフリカであれ日本であれ、国籍も人種も関係なく、子どもの未来のために行動するトニーさん。

 どんな言葉よりも、そのひたむきな行動が、たくさんの人を動かす─。

 取材・文/萩原絹代 撮影/伊藤和幸

はぎわらきぬよ● 大学卒業後、週刊誌の記者を経て、フリーのライターになる。'90 年に渡米してニューヨークのビジュアルアート大学を卒業。'95 年に帰国後は社会問題、教育、育児などをテーマに、週刊誌や月刊誌に寄稿。著書に『死ぬまで一人』がある。