3回の流産の末、'93年12月に女児を出産。うれし涙で報道陣に対応した
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 以来20年近く、自分が母親の寿命を決めた呵責に思い悩む日々が続いた。本当はもっと生きられたのではないか?

「ずっと心の中の黒いシミが消えなかった。でも、自分が60歳を迎える前に、ふとわかったんです。“そうか、母は私の人生の邪魔をしちゃいけないと思ってくれたんだな”と。

 私には一般企業で働く25歳のひとり娘がいます。もし、私が延命をして10年も寝たきりになってしまったら、彼女の人生を邪魔してしまう。それは絶対にしたくない。母も、そう思ってくれたんだと気づいたとき、心の中の黒いシミが消えました。そして、私も尊厳死協会に入り、娘に意思表示をしておこうと思ったんです」

 入会を娘さんに告げると、若かりし秋野さん同様に“ふーん”と言っていたと微笑む。

「女性の平均寿命は87歳。でも、自分のことが自分でできる“健康寿命”は80歳くらい。あともう18年しかないんですよね。そんなことをだんだん考えるようになり、その一環として昨年、エンディングノートも書きました。娘には、私に何かあったときにはエンディングノートを見るよう伝えてあります」

死ぬ瞬間まで健康じゃなきゃいけない

 さらに昨年は、洋服やアクセサリーなどの量を半分に減らした。

「実家が呉服屋だったので、着物や反物は特に多いんですが、処分しにくいですね。でも、思い出は心の中にあればいいんです」

 今後は、趣味で長年集めてきた食器の大量処分をしたいと話す。そんな秋野さんに最期の迎え方について尋ねると、

「直角に死んでいこうと思っています(笑)。晩ごはんを食べて“おやすみ”と言って寝て、朝になったら安らかに死んでいた……が理想的。変な言い方にはなりますが、そのためには死ぬ瞬間まで健康じゃなきゃいけないんです」 

'75年の朝ドラ『おはようさん』のヒロイン時代。“吉永小百合の再来”と騒がれた

 ゆえに、秋野さんはトレーニングを欠かさない。

「去年までは毎日10キロ走ってましたが、今年から5キロに減らしました。そしてヨガに、筋トレ。毎朝、だいたい1時間半から2時間くらいですね」

 食事にも気を遣う。

「朝食は野菜中心に、650キロカロリーくらいとりますが、晩ごはんは少なめ。発酵食品や焼きニンニクは毎日食べてますよ」

 昨年5月には一般社団法人『0から100』を設立。運動や食生活、睡眠など多方面からサポートし、健康寿命を延ばすことを目的としている。イベントなどで得られた参加費で、災害支援活動も行っている。

「浮き沈みの激しい芸能界で、ここまでやってこれたのは、世の中に甘やかしていただいたから。人生の帳尻を合わせるためにも、世の中のために働かないといけないと思ったんです」

 自らの死に方と真剣に向き合ったことで秋野さんの生き方は、より輝きを増している─。


《PROFILE》
あきのようこ。女優。'74年にNHK銀河テレビ小説『おおさか・三月・三年』でデビュー。その後、'75年の朝ドラ『おはようさん』でヒロインに抜擢される。ドラマや映画、舞台はもちろん、バラエティーや情報番組など幅広く活躍中