「哀れな人生だった」?

 1人目の妻は、結婚には積極的な反面、子どもは欲しがらない人でした。老後はひとりになるだろうからと施設へ払うお金を学生時代から貯蓄していたほどです。私たちは伴侶同然の生活になったころに「妻」と呼び合うようになりましたが役所や法律に裏づけられた関係ではありませんから、書類上は他人です。 

1人目の妻 妻と自分の遺伝子がまざらない子を産むことに命をかけるより、働いて社会貢献することを選んでいた。故人。 イラスト/中村キヨ
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 おまけに妻は同性愛者であることを隠していましたから、私たちの関係を把握しているのも妻の親友たちだけ。妻の両親には認められていません

 妻が30代を過ぎたころに血管障害で亡くなったとき、友達のフリをしてお線香をあげに行くと、本物の親族とおぼしき人に「お嫁にも行けなかったし子どもも産めなくて哀れな人生だった」と、人生を評されていました

 後年、子持ちの女性と再婚した私は「同性愛は少子化に拍車をかける・生産性がない」という攻撃を受け流せる強い立場にありますが、わが家とは別のところに同性愛者を狙撃したはずの流れ弾で胸が張り裂けたご夫婦もいたはずです。選択的に子どもを持たない夫婦や、不妊治療に耐えている夫婦も

 私は「子どもを育てて一人前」という裁きが嫌いです。育児は大変で、いたわられるべきことです。でも、子どもは誰かの上に立つための勲章ではありません。

 今でも「妻は哀れではありません、子を産まない人生に納得していました」と言い返したくなりますが、それでも「産めばわかる」という無敵の論法で切り返されたらどっちみち話は強制終了です。

 妻の矜持(きょうじ)は静かにそばに置いて、子がある人にはある人の、ない人にはない人の、お互いに勝つことも負けることもしない、くらべられない尊厳があることは語り続けたいと思います