被災地で披露した特殊メイク

 メイクアップ・アーティストという職業は、テレビや映画、舞台などにおいて、出演者に役柄やシチュエーションに合わせてメイクを施す仕事だ。ただ美しく仕上げるというのではなく、俳優を老けさせたり、若返らせたり、傷や痣(あざ)をつくるなど特殊メイクも行う。

 カオリさんは状況に合ったリアルな表現ができるよう、普段から人間ウォッチングをして仕事に活かしてきた。自分が転んで痣(あざ)ができれば毎日、写真を撮って観察し、何日目で痣が黄色になるか変化を調べ、医学書や解剖学の本も読んで勉強したという。

「メイクアップに答えはないから、自分で研究してやり方を考えるのよ」

 現在、1年の半分は日本に滞在し、後進の指導や美容製品の開発などを行っているが、そうした活動をサポートするメイクアップアーティストの金子雅子さん(51)は、カオリさんのクリエイティブな精神に刺激を受けてきた。

「東日本大震災のとき先生が被災地にファンデーションを届けたいと、現地入りしたんです。避難所の方たちにメイクの方法を説明していたら、ハリウッド映画に出てくる特殊メイクを見たいというリクエストがありました。道具もなかったですし、そういった場所で傷とか見たくないだろうなと私たちも一瞬躊躇(ちゅうちょ)したんですが、先生が持っていたチューインガムをパテにして、その場にあったケチャップやからしを混ぜ合わせて、傷口をつくり始めたんです」

 モデル役の腕に傷口ができあがったとき、避難所に大きな拍手が沸き起こったという。

「みなさんに喜んでもらいたい一心だったと思います。“何もないところでも、こうしたらつくれる”ということも伝えたかったのだと思います」

 ハリウッドスターたちの秘密をメイクで隠すのも自分の仕事だったとカオリさんは話す。

「スターも人間だから、恋人と別れ話が出ているとか家庭がうまくいってないとかいろいろあるのよ。女優たちを見ていて、パートナーによって女性はよくも悪くも変わることがよくわかったわ」

 どんなに美しい女優でも悲しんでいるときは険しい顔をして、肌も荒れていた。

「泣きはらした目を見れば、今日は目を虫に刺されたの?旦那の虫? とジョークにしちゃうわけ。そうすると笑っちゃってさ、“あれは悪い虫だ”とか言い出すから、何でも話を聞いてあげるのよ」

 そんな彼女たちの心のくすみも隠して、輝きを蘇らせることも喜びだったと言う。

姉妹を亡くし、唯一の娘となったカオリさんは大事に育てられた。着物はいつも母が京都に注文してくれた
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戦時中を過ごした幼少時代

 '33年、東京都大田区西蒲田に4人きょうだいの2番目として生まれた。姉妹2人は幼児期に亡くなっている。父は青森出身の資産家で、一家の暮らしは裕福なものだった。カオリさんは6歳から日本舞踊を、7歳からはタップダンスを習い始める。

「父が変わった人でね。薬をつくる化学者であり、習字や絵の先生でもあったの。近所の多摩川園には父が発明した回転ボートがあったわ」

 父は「あなたは何にでもなれるんだよ。どんな職業もみんな人間がなっているんだから」と話していたという。