〈本当はもっと生きたかったけど、生きていける気がしない〉

 新潟県立新潟工業高校1年生だった佐々木孝之さん(仮名=享年16)は2016年11月21日早朝、自ら命を絶った。新潟市内のJR越後線内で電車にひかれて亡くなったのだ。息子の死からおよそ3年となる今年11月14日、孝之さんの両親は県を提訴。問題を把握しながら放置し続けた学校に、わが子の無念に、父・正さん(47)は悔しさを隠さない。

 冒頭は遺書の一部で、2か月前からLINEを利用するなどのいじめを受けたことが書かれていた。ほかにも、先生に相談したが、何の解決にもならなかったことなども記されていた。

いじめ調査委員会が出した報告書を手にして語る正さん

 正さんが、当時を振り返る。

 孝之さんは小学校4年のときに新潟市内へ引越しをした。当時は、正さんの実家近くのアパート暮らし。引っ越したすぐあとは落ち着かないときもあったが、友達ができると安定した。中学まではいじめや大きなトラブルもなく、不登校になったこともない。

 '16年4月、県立新潟工業高校に入学。起床は早く、朝に勉強したり、ラジオ講座も聴いたりしていた。遅刻もなかった。

「中学時代は絵を描くのが好きで、美術部に入っていました。高校では写真部でした。県内の公園や町中、地域の方々を撮ったり、朝焼けや実家の猫、休日に一緒に出かけた際には祖父母などを撮ったりしていました」(正さん)

 夏休みまでは特にトラブルもなく過ごしていたが、2学期から「ネットいじめ」が始まる。

「ネットいじめ」は、ネット内だけでいじめがあるものだけでなく、もともと実際にあったいじめがネットに波及したもの、ネット内のコミュニケーションがきっかけで実際のいじめに発展したものなど、そのパターンはさまざまだ。孝之さんへのいじめは、日常の「ネタづくり」がネットでも展開され、それがまた日常にも波及するといった形だった。

 9月ごろ、孝之さんは同級生から、映画のキャラクターから取った「不快なあだ名」を付けられた。学校行事だった工場見学のバスの中で、加害生徒の主犯が考えた。その後、孝之さんにわからないように一部のクラスメイトが参加するLINEグループで「あだ名」が使われていた。

「加害生徒は自分たちが笑いを取ることに夢中で、相手の気持ちを考えていなかったと思います。私は息子が亡くなるまでそのことを知らなかったのですが、知っていたら、怒鳴り込んでいたでしょう」(正さん)

 LINEグループ内だけでのやりとりなら、孝之さんがいじめを感じることはなかった。しかし、新たな展開が生じた。