人の手が入らない野生の食材はいまも基準値を超える

「朝6時に15センチの霜柱を見て、その日の10時には、沼でおたまじゃくしを見かけるような朝晩の寒暖差が野菜をおいしくするんです。土作りには表土1センチに10年かけ、稲わらを酪農・畜産農家に提供し堆肥を作ってもらったり、山の落ち葉からふかふかの腐葉土を作ったり。飯舘村はそういうところだった」

 そう話すのは、飯舘村に住む伊藤延由さん。地域の環境や食品の放射能の測定を続けている。

 飯舘村は'17年に長泥地区を除いた地域で避難指示が解除され、農地は表土をはがして除染された。営農も再開し、放射性セシウムの吸収を抑制するカリウムを畑に撒くなどの生産者の努力もあり、測ると、ほとんどの農作物には放射能は含まれていないという。

「基準値以下の数値を、どう判断するかはそれぞれだけど、野菜からはほぼ出ない」(伊藤さん)

 道の駅には飯舘村産の野菜が並び、出入り口には非破壊放射能検査機も設置されている。伊藤さんは「こんなものが道の駅にあるのは、ここと隣の町くらいだそうです」と苦笑いしつつ「それでも、ここに住む以上、必要なもの」と言う。

 事故後、飯舘村内の土壌汚染を調べ続け、その深刻さを知っていたため避難指示の解除に反対していた。いまも「本来は住むべきではない」と考えている。

「飯舘で暮らすには必要なもの」と、放射能検査機を指して語る伊藤さん
【写真】汚染土が山積みされた場所のすぐ横にある農作業場も

 そんな伊藤さんは、内部被ばくをした経験がある。'17年7月、事故から6年後に、定期的に二本松市放射線被ばく測定センターで測定しているホールボディカウンター(体内放射能の測定器)の結果で、数値が跳ね上がったのだ。驚いて、原因を考えた。ふと、2か月前に猪苗代町で食べた「山菜ご飯」を思い出す。その山菜はコシアブラ。汚染濃度が高いと知りつつ「このくらいなら大丈夫かな」と食べたそうだ。

 伊藤さんが過去に測定したコシアブラの中には、'15年に27万ベクレル/キログラムを超えたものがあった。それに近い汚染濃度のコシアブラが茶碗に10gもあったとすれば、2か月後の測定で数値が上昇したのも腑に落ちる。きのこや山菜など、人の手が入らない野生の食材はいまも基準値を超える、と伊藤さんは懸念する。