福島第一原発事故では膨大な汚染水が発生し続けている。事故から8年以上がたち、保管するタンク容量の限界を見据えた国の「海洋放出」発言が相次ぐ。

 しかし、放射性物質を取り除く処理をした「トリチウム水」「処理水」と国が呼ぶ水は、実際はトリチウムのほかにも複数の放射性物質で基準(告示濃度)を超えていたことが昨年8月、報道により判明。ストロンチウム90が基準の2万倍になるタンク群もあるが、そのままの状態で置かれているため、現状では「放射能汚染水」のままだ。

「食の安全のための努力が台無しだ」

「もとの海を返してほしい。漁業者は誰ひとり、納得していない」

 そう語気を強めるのは、福島県新地町に住む小野春雄さん。3代続く漁師で、息子たちも漁業を営む。原発事故後に福島県の42魚種(最大時)が出荷制限となり、週5回だった漁に出られなくなった。その後、福島県沖の沿岸漁業は「試験操業」を続け、福島県漁連は国の基準値(100ベクレル/キログラム)より厳しい50ベクレル/キログラムを基準に調査を続けてきた。

 最近は多くの魚種の出荷制限が解除され、ビノスガイとコモンカスベの2魚種のみ制限が残る。小野さんが漁に出る頻度も週3回に増え、魚の値段も少しずつ上がり、本格操業に向けて期待が膨らむ。その矢先の海洋放出騒ぎだった。

「お母さんたちが福島の魚を買わないと福島の復興はない」(小野さん)

 仲間の漁師からは「妻が子どもから隠して魚を料理していた」と耳にしたこともある。見れば食べたがるからだが、できる限り子どもの被ばくは避けたい。小野さんは「安心・安全は国ではなく国民が決めること。食の安全のために8年以上努力したことが、汚染水を放水すればすべて台無しだ」と、怒りをにじませる。

 汚染水を海洋放出する場合、ストロンチウムなどの放射性物質を取り除く2次処理を行い、除去が難しいトリチウムだけが残る「処理水」にするという。トリチウムは「体内に入ってもすぐ排出される」「ほかの放射性物質に比べ毒性が弱い」「通常運転の原発からも排出されている」「世界中でやっている」から安全と言われている。

 だが、それを否定する学説もある。北海道がんセンター名誉院長の西尾正道さんは「稼働中に原発から排出されるトリチウムでも、がん・白血病などの健康被害の増加を示した研究が世界中にある」と指摘する。

 一方、先月18日に、経産省が海洋放出しても「放射線の影響は小さい」とする推計を出すと、産経新聞は同21日、「原発処理水 海洋放出の具体化に動け」と題したコラムを掲載した。

「東京で使う電気のせいで、おれらは働く場所を取られたんだ。これ以上、福島をいじめないでくれ、だよ。みんなで海洋放出に反対してほしい」(小野さん)

 漁師仲間から「子どもには継がせない」と聞くたびにがっかりして「息子らに継がせてよかったのか」と、小野さんは悩んでいる。

「人は健康を害して、初めてその大切さを知る。命と健康を守る視点を持つ女性から声をあげてほしい」

 と、前出・西尾さんも海洋放出に反対する。