テレビ番組としての戦い

 M-1は勝者と敗者を分ける熾烈な戦いでもあるが、もうひとつテレビ番組としての戦い、という側面もある。

 真裏には全日本フィギュアスケート選手権の男子フリーの生中継があり、21時からは木村拓哉主演のドラマ『グランメゾン東京』がプレ最終回20分拡大版で放送されていた。

 人気コンテンツが並ぶ中、お笑い番組がどれだけ戦えたのか。

 翌日、M-1グランプリの視聴率が発表された。平均視聴率は関東17.2%、関西26.7%、最高視聴率は関東21.9%、関西33.2%。

 フィギュアスケートの平均視聴率は16.2%、『グランメゾン東京』は11.1%。(ビデオリサーチ調べ・関東地区)

 数字だけが高かったのではない。その後インターネットでも感想が行き交い、M-1の熱気は続いた。ミルクボーイが連呼したコーンフレークは、多くの人の食欲を刺激したのか、売り切れが出たという。それほど漫才頂上決戦は人の心を動かした。

笑いのために一丸となる、M-1魂

 なぜ、こんなにもM-1は多くの人に熱く支持されたのだろう。

 いちばんの原動力はもちろん、出場したM-1戦士たちがそれぞれが命がけで面白い漫才を繰り広げたことにある。生放送で4分漫才というルールのもと、自分たちが編み出した新しい笑いの方程式を披露し、大きな笑いの渦をまきおこした。こんな笑いもあったのかという新発見も多数誕生。また、漫才中のみならず、審査員とのやりとりや敗退が決定するわずかなトーク時間ですら、貪欲に笑いを取りにいき、番組を盛りあげた。

 出場者だけではない。審査員、スタッフ、関係者、一丸となって、M-1のため、笑いのために動いている。

 実はM-1の現場では“前説(まえせつ)”と言われる、番組開始前にステージに登場し、場を盛り上げる芸人たちがいる。

 今年は敗者復活戦ではイシバシハザマ、決勝戦ではレギュラー、ザ☆健康ボーイズ(サバンナ八木真澄となかやまきんに君のユニット)、バイク川崎バイクが登場した。彼らはテレビに映らない。それでもちゃんと笑いを取り観客を温め、番組に繋いでいるのだ。

 審査員も真剣勝負だ。ときに厳しい意見も言うが、それも笑いにつなげ、コンテストとしての番組を盛りあげる。視聴者から批判されることも多い損な役割を引き受けるのは、お笑い界の将来のためを思っているからにほかならない

 今田耕司は、時間管理の厳しい生放送の司会進行を務めながら、堅くなりがちな現場をほぐす役割も果たしている。無邪気に笑って心の底から漫才を楽しみ、審査評が始まると、辛口コメントも出演者の次の可能性に繋がるように話をまわしていく。アシスタントの上戸彩は女神のように愛らしく笑い、人も場も癒した。

 スタッフはスタジオにいるカメラマンまでがビシっとジャケットを着用。わずかな休憩時間に、次に出演するコンビの身長に合わせてマイクの高さまで調整する。出番は笑神籤で決定という過酷な状況を芸人に課している分、徹底的な芸人ファースト、芸人リスペクトの精神が貫かれている。

 すべてが笑いのため、M-1成功のため、ひいてはお笑い業界を盛り上げるために。関わる者すべてがワンチームとなり、M-1という唯一無二なお笑い番組を作り上げ、視聴者に届けた。

 2019年はお笑い界にとって、笑えない状況も多かった厳しい年であった。しかし、M-1グランプリ決勝の日、作り手は思う存分、笑わせた。そして見た者は心おきなく笑った。笑うということがどれだけ貴い瞬間か、心底味わえた幸せな一夜だった。

 番組の最後に松本人志は「数年前なら誰が出ても優勝してたんじゃないかというぐらいのレベルでした」と戦士たちに声をかけ、最後はこう締めくくった。

過去最高の戦いと言ってもいい。素晴らしかったです

 2020年のM-1に向けて、すでにネタ作りに入ったコンビもいるだろう。

 また、かまいたちなどのラストイヤー組はM-1を巣立ち、次のステージに向かっていく。和牛も「今年最後だと思ってやった」と発言し、今回を持って卒業する意向だという。

 M-1が素晴らしい大会なのは間違いないが、M-1ばかりがお笑いではない。M-1放送のない364日も、お笑いに関わる者たちは、テレビで、ラジオで、劇場で、あるいはネットの世界で、ウケるかウケないか、日々、真剣勝負は続くのだ。

 夢のような一夜が終わり、お笑い界は明日に向かう──。

PROFILE
伊藤愛子(いとう・あいこ)●人物インタビューを中心に活動するフリーライター。著作に、お笑い界の現場で2年半密着取材をした『ダウンタウンの理由。』、テレビ番組のクリエイターにインタビューした『視聴率の戦士』、女性たちの意見を聞いた『40代からの「私」の生き方』などがある。