自分の歩く姿を「ゾンビみたい」

 片上さんが立ち直るのに役立ったのは、研修医時代に精神科の指導医に教わった認知行動療法だった。

「落ち込んでも、常にその反対の可能性を考えるんです。僕の場合、人生終わったなと思ったけど、これでたぶん生活保護で暮らせる。楽やなーと(笑)。そう思わなあかんって、言い聞かせてた感じですかね」

 入院生活は8か月に及んだ。退院後もリハビリを続けて歩けるようにはなったが、左半身は麻痺したままで動きは遅い。身体の左側で起こっていることが瞬時に理解できない注意障がいもある。

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 日々の生活でも、左に少し重心をかけて椅子から立ち上がる、動かない左手を伸ばすなど、こまめにリハビリ。休みの日にはジムで筋トレをしている。

 足を引きずるように歩く姿を自ら「ゾンビみたい」と笑い飛ばすほど、突き抜けて明るい片上さん。

 5年前にはホノルルマラソンに挑戦。走ることはできないが、見事に13時間かかって“完歩”した。

 倒れた1年半後に非常勤の医師として復帰。いくつかの精神科病院で働きながら、夜の診療所開設に向けて準備を始めた。

「数年早いんちゃうか」

 両親はそろって反対した。まだ29歳だった息子の人生経験の不足を心配したのだが、忠告は聞かず勝手に動き始めてしまったと、父の信之さんは苦笑する。

 片上さんは心斎橋に掘り出し物の賃貸物件を見つけると、大学時代のサークルの先輩で不動産・リフォーム業に携わる圓藤嘉昭さん(38)に連絡を入れた。圓藤さんは知り合いのリフォーム会社を紹介し、何かあれば自分が間に入れるようにした。

「片上君は昔からノリのいいところがあるので、深く考えずに勢いで決めてしまったら危ないなと思って。横について見てあげたいというお兄ちゃん心です。何でも臆さずチャレンジするタイプなので、応援したくなるんですよ」

 診療所の名前のアウル(OWL)はフクロウという意味だ。夜行性のフクロウは世界各国で「森の守り神」として珍重されている。診療所が「夜の守り神」になればという思いを込めて、アウルクリニックと名づけた。

クリニックは狭いので隣にもう1室借りて、臨床心理士のカウンセリングを行っている 撮影/渡邉智裕

 クリニックの入り口にフクロウのイラストの入った看板がある。これには裏話があると圓藤さんが教えてくれた。

「彼には多少、あつかましいところもあって(笑)。設計士さんに夜の診療所を開く意義を説明して、フクロウのイラストを描いてくださいと無理にお願いしたんです。でも、そこが彼の人柄なんでしょうね。設計士さんはイラストレーターじゃないのに、ノリノリで20個くらい図案を描いてくれて、そのなかから選んだんですよ」