「よく“飛行機代はテレビ局などが出してくれるんでしょう?”と言われますが、完全に自腹です」と苦笑する小島さん 撮影/伊藤和幸
すべての写真を見る

“教育移住”という手があった

 夫が仕事を辞めたなら、そんな夫とだからこそできる新しいことを探せばいい。失ったものだけではなく、得たものもあるはずだ。環境を変えれば、もう1度、夫をリスペクトできるかもしれない。そのためには、家族で挑む大きな「課題」が必要だった。

 '13年の夏、小島さん家族はハワイ旅行へ行った。

「夫の退職は子どもたちには伝えていませんでした。もう2度とみんなでハワイなんて贅沢はできないだろう。ようし、だったら思い出作りだと、共働きのつもりで組んでいた予算で、ハワイを満喫したんです」

 帰国後、長男は「僕もっと英語が喋れるようになりたいな」と言い、次男は「僕ハワイみたいな海がきれいなところに住みたいな」と言った。

 小島さんは当時、「長男の塾通いを見るのが忍びなかった」と吐露する。

「子どものころしかボーッとする特権はないのに、弁当を持って遅くまで受験勉強。せめてこの先、のびのびと育てる選択肢として私立に入れようかと思っていました。彼らには、世界中のどこでも生きていけるようになってほしかった。だから休みのたびに海外に語学研修に出せば、英語力もつくし、自然体験もできるだろう、と……」

 そして、これからの息子たちの学費と海外への渡航費、東京での生活費を試算しながらふと気がついた。

「あれ? 同じお金をかけるなら、最初から海外に住めばいいんじゃないか、と思った。そうだ。“教育移住”という手があるじゃないか! そう思いついたんです」

 実は小島さん、長男出産後の慣れない子育てによる心身の疲労に悩み、食事作りをやめていた。以来、食事は夫が作っている。夫はもともと家事全般ができる。なら家族の拠点を海外に置いて、自分は出稼ぎすればいい。それならどこにでも住める。

“移住”という課題に家族全員でチャレンジすればいいと思った。そうすれば、私の夫に対する眼差しというのは、まったくの未知の領域でいかに生き延びるかという眼差しに変わるはずだとね。

 そして、どうせ住むんだったら、私が生まれ育ったパースがいいと考えました。あそこなら広い空もきれいな海も、英語も多様な文化もある。よし、子どもたちをパースで育てようと思ったのです」

 同年9月、小島さんは夫に「海外に移住するというのはどうだろう」と提案してみた。

 すると、夫は「いいね」と目を輝かせたのだった。