続く過食と嘔吐

 高校に入ると、摂食障害に苦しんだ。原因は、母への拒絶と反抗心だったという。

「母の作る手料理は無償の愛だから、食べた者はそれに応えなければならない。自分の作る料理も含めて、いまだに女性の手料理に強い警戒感と抵抗を覚えるのは、料理は支配だという考えをぬぐいきれないからです」

 気づけば、食事の量を極端に減らし、そんな自分の意志の強さに満足するようになっていた。

 高3になるとその反動で食欲が抑えきれなくなり、夜中にキッチンで食べ物を噛んでは吐き出すことを繰り返し、我慢できずに飲み込むようになると、体重はみるみる増えていった。

 やがて飲み込んだ食べ物を吐くようになり、就職試験中も、テレビに出るようになってからも過食嘔吐は続いた。

摂食障害に悩んだ高校生のころ
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 大学1年のとき、4年生の彼氏ができた。その彼は大手銀行に就職が決まっていたのだが、結局フラレてしまう。

「焦りましたよ。次に付き合う人は、格落ちした人ではいけない。一流じゃないといけない。そのためにはどうするか─なんて。そんな浅ましさがだんだん嫌になり、失恋の悔しさも相まって、大転換が起こった。それまでに刷り込まれていた母と姉の価値観を全部ひっくり返したんです」

 男に頼らず、私はひとりで生きていく! 好きになった男の収入が少なければ、私が養えばいいんだ─と。

 当初はNHKのドキュメンタリー番組を作る人になりたいと思っていたが、調べてみると、その道はかなり険しいことがわかった。

 そして「男と同等に稼ぎ、勤め続ける正社員」を目指し、民放のアナウンサーになることを目標に定めたのだった。

 1995年4月、努力のかいあり晴れてTBSに入社。アナウンサーとしての道を歩くことになる。

『日立 世界・ふしぎ発見!』のミステリーハンター、ラジオ番組のナビゲーターなどを務め、'99年に第36回ギャラクシー賞DJパーソナリティ部門賞を受賞するなど頭角を現していく。