「一緒に正解を探していく」という姿勢を

 我々が個人レベルでもできる、ひきこもり脱出の一助となり得るアクションはあるだろうか。

「前述したように、ひきこもりに陥ってしまった人たちは、親からの押しつけや職場でのハラスメント、学校でのいじめなどが原因で、主体性を奪われた状態です。その相手に対して、家族が例えば“外に出て働けば変わる”などと結論ありきの指示や説得をしても、逆効果になってしまう。

 かといって、当事者の主張をすべて受け入れる必要もありません。異論があれば、それは伝えてもいい。例えば“もう一生、働かない”と言われた場合、頭ごなしに否定することは控えつつも“親としては残念だ”と心境を伝えてもいいし、なぜそう考えるのかを尋ねてもいい。

 まずいのは、本人の意思を尊重せず、世間の常識に当てはめて“それは間違っている”と押し付けること。ひきこもり当事者は自分を変えようとする圧力に敏感ですから、強制的ではない、対等なコミュニケーションを積み重ねていくことでしか、信頼関係は築けないのです。その意味では本人よりも、まずは家族や周囲が先に変わり、歩み寄る必要があるのです」

 この対話を重視したコミュニケーションは、フィンランドで開発された『オープンダイアローグ』という手法を参考にされている。当事者の主体性を育むうえで、非常に効果的だという。

「'80年代から開発、実践されてきた手法で、もともとは統合失調症の患者への治療方法でした。高い成果があがっていて、再発率の低下や社会復帰率の上昇といったエビデンスも確立されています。コツとしては『変化』『改善』『治癒』を目的とせずに、対話を続けることのみを目指します。対話をする際には相手の話を否定せず、必ず最後まで聞く。そして、その感想を言う。こういったコミュニケーションを続けるなかで、当事者の権利と尊厳が尊重された結果、主体性が生まれ、副産物として改善の効果もある、ということになります

 本人の主体性が生まれることで、思ってもみない可能性が開けることもある。斎藤氏と親交のある『ひきこもり新聞』の編集長・木村ナオヒロ氏はその一例だ。もともとは自身がひきこもり当事者だったが、現在は、経験者としての立場から、社会への問題提起をおこなっている。

「木村さんはひきこもりを脱出したあとに新聞を立ち上げたわけですが、私が一般的なモデルをベースに考えていたら、おそらくデイケアや就労支援に行くことを提案していたでしょう。ところが、ご自身で動いて、予想をはるかに超えた展開になりました。このように、自分のことは自分で考えているわけなので、狭い想像の範囲で誘導してしまわずに本人の主体性を信じるのが、いちばんの近道なのだと思います

 最後に、ひきこもりを減らしていくために必要な施策を聞くと「専門相談ができるスタッフを配置すること」だという。海外でも、類似の策を実施している国は多い。

上述したような対話ができる専門相談員を、全国的に配置することが必要です。私の試算では、人口10万人規模に対して2〜3人いれば十分だと思います。自治体に任せきりにすると、人事異動で連続性が失われるので、民間ネットワークを自治体が資金面で援助をするかたちがよいでしょう

 この相談員について「高度な専門性や医療の知識、学歴は求めない」と語る斎藤氏。どのようなスキルが必要なのだろうか。

重要なのは、オープンダイアローグについての話と同じで、不用意にアドバイスやダメ出しをしたり、教え導くことを“まずい”と感じるセンス。“これが正解だから”と強要せずに、一緒に正解をさがしていく。そういった共同作業ができるような研修を受けて、“対話とはなにか”を理解する必要があります。研修では当事者と話をし、対話になっていたか、傷つけられなかったか、結論を押し付けられなかったかなどを記入してもらい、フィードバックを受けるなかで、身につけてもらえればと。

 たった3時間ほど研修をしただけで完璧にやってのける方もいますし、そもそも、この対話の姿勢が有効なのはひきこもりに限っての話ではありません。あらゆる支援活動の現場において、必要なスキルなのではないでしょうか」

 人の話を最後まで聞いて、リアクションをする。不用意なダメ出しをしない。これは、言ってみれば他人と関わるうえで、当然の態度ではないだろうか。職場や学校、家庭において、そんな当たり前のコミュニケーションもできない人と接してきたことで、主体性を奪われてきたのが、ひきこもりの人々なのかもしれない。

(取材・文/森ユースケ、取材協力/『ひきこもり新聞』編集長・木村ナオヒロ)


【PROFILE】
斎藤環(さいとう・たまき) ◎1961年、岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、ラカンの精神分析。『ひきこもり』診療の世界的な第一人者として、治療・支援ならびに啓蒙活動に従事。著書に『中高年ひきこもり』『社会的ひきこもり』『家族の痕跡』『母は娘の人生を支配する』『「社会的うつ病」の治し方』ほか多数。